発行物紹介

introduction

いずむつ

此処から先へ

審神者周年一周年までのお話。
初期刀の陸奥守を祝おうとする初期メンバーと和泉守と、いずむつ告白話。
ふんわりほのぼの。

イベント頒布価格300円

A5 / 36P / コピー

2016年3月13日発行

頒布終了しました

此処から先へ サンプル

SAMPLE

「ん? なんだこれ」
 和泉守がそれを見つけたのは、遠征から帰ってきて審神者に報告を済ませた後だった。
 刀剣達が集まる大広間の障子の横、柱と長押が交差する部分に、朝方遠征に出かけるときには見なかった、日めくりのようなものがかけてある。「あと十日」と書かれた紙は、梅の花のようなあしらいがしてある固い紙に取り付けられ、めくれるようになっていた。誰が作ったのかいけ好かない狐のような絵も飾ってあるが触れることはせず、和泉守は「あと十日」と書かれた紙をぺらりと捲る。その下からは当然のように、数の減った数字が書かれた紙が出てきた。
「あと九日……?」
「それ、本丸の一周年までの日にちですよ!」
 なんだろうかと顎に手を当て唸っていた和泉守に応えたのは、ちょうど広間に居た秋田だった。桃色の髪をひょこりと揺らして、和泉守を見上げて笑う。
「主君が審神者という任についてから、もうすぐ一周年なんです。だから、それをお祝いしようって、粟田口の兄弟と作ったんですよ」
「へぇ、一周年ねぇ」
 和泉守は、もう一度日めくりへと視線をやり、そこに書かれた十日という文字を反芻する。この本丸がいつから稼働したのか、和泉守は正確には知らない。遅れて顕現したのもあるが、それ自体にさほど興味がなかったのだ。
「主君の部屋にも同じ物を飾ってあるんです。これから毎日、朝起きたら捲るんですよ!」
 わくわくしますと言いながら、秋田は目を綺羅綺羅とさせて見上げた。
「僕達がここに来て一周年なんです。これってすごいことなんだって、陸奥守さんが言ってました」
「陸奥守が?」
「はい。一年もこの本丸は誰も欠けること無く無事に稼働している、それはすごいことなのだと。主君が一年間、ちゃんと審神者という役目を果たされたことも凄いことだと。だからそれをお祝いする祝賀会を開こうって陸奥守さんが」
 なるほど陸奥守らしい考え方だなと思う。陸奥守は祝い事や記念すべきことを、いちいち大袈裟に祝う癖がある。例えば初陣だとか、初めて誉を取っただとか、練度が五十を超えただとか、そういうことをしっかりと把握して、祝ってくれるのだ。
 祝い方は色々あるが、第一部隊皆が練度の上限に達した時などは、普段は固い財布の紐を緩めたらしく上等な料理や酒が振る舞われた。顕現してどれくらい経ったかなども覚えていて、顕現して半年の日にはさり気なくその刀を褒める。
 祝い事を大切にすると聞くだけでは重いと取られてしまう行動でも、それをさり気なくさらりとこなすために、気が利く初期刀として認識されるに留まっている。そんな陸奥守だからこそ、本丸が稼働して一年を祝う会を開きたいと言うのは容易に想像が出来た。
「主君も了承してくれて、その日は皆お休みなんですよ」
「へぇ。それは初耳だな」
 遠征から帰ってきたばかりで、その間にこの本丸にあったことはまだ知らされていない。この大広間に来るまでも誰にも合わなかったので、聞くことも無かった。
「主君が、僕達が頑張ったおかげで一年を迎えられるから、って休みにしてくれたんです。祝賀会は夜なんですけど、それまでは自由に過ごしていいとおっしゃられてました」
「正月に続いて、か。歴史修正主義者ほっぽっといていいのかね」
「そこは上手くやるからと」
 何を上手くやるのかはしらないが、歴史修正主義者たちとの戦いは寸刻を争うものではなかったのか。正月も三箇日全てとはいかなかったが丸一日の休みがあったというのに、一周年を祝うためだけに休んでもいいのだろうか。そんな疑問が浮かんでくるが、そのあたりに関しては全て審神者が調整をしているため、己の関与するところではないからいいかと疑問をかき消す。
「祝賀会についてはまた、陸奥守さんから説明があると思います」
「説明? ただの祝賀会じゃあねえのか?」
「はい! 無事に過ごせたことへの感謝と、主君の就任一周年ですから、盛大にお祝いするんです!」
 祝賀会に説明があるとなると、陸奥守のことだから何かしら考えていることがあるのだろう。それを知ってか知らずか、楽しみだなぁと、秋田が言葉通り心底楽しみしにしているように笑った。初鍛刀で来たという秋田は和泉守よりもよっぽど陸奥守といる時間も長く、陸奥守の企画が楽しいことであると疑っていないようだ。
 和泉守は日めくりへと視線を戻す。日めくりを止めている固い紙には「審神者就任一周年まで」と書かれている。一周年、もう一年が経つのかと思ってから、先の秋田の言葉を思い出す。
 一年無事に過ごせたのは凄いことだと、だから盛大に祝うのだと陸奥守が言っていた。
 あと十日で、この本丸が始まってから一年が経つ。それは即ち、陸奥守がこの本丸に顕現してから、一年が経つということになる。
「一年なぁ……」
「和泉守さん?」
 ぽつりと呟いた和泉守を不思議に思ってか、ふわり、と桃色の髪が傾ぐ。その髪をなんでもねえよと撫で回し、和泉守はもう一度ふぅんと胸中で呟いた。

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