発行物紹介

introduction

いずむつ

青に揺蕩い、赤に消え 下

とある本丸の、だんだらを欠いて顕現した和泉守と陸奥守の記録。
とある本丸にだんだらの外套を欠いて顕現した和泉守は、その本丸の陸奥守に惹かれていた。
遡行の不具合や朽ちた他の本丸へ出た事件を通してすれ違いながらも仲を深めていく。
そんなある日、和泉守は白昼夢を見るようになる。同じ頃、陸奥守が病に倒れた。

続き物の下巻。
すべての物語の終わりの話。

※ハッピーエンドとはいい難いので、なんでも許せる方向け。
※オリジナル本丸捏造設定多々あり。
※オリジナル男審神者がかなりしゃべります。名前はありません。他にももうひとり出てきます。
※流血表現あり。
※土佐弁等作中方言はコンバータに頼っています。
※誤字脱字があります

イベント頒布価格1,300円

A5 / 150P

2018年10月7日発行

現在頒布中

青に揺蕩い、赤に消え 下 サンプル

SAMPLE

 その日の空は、これ以上ないくらいに青く澄んでいた。
 野菜の緑と土の茶色に埋め尽くされた視界から顔を上げ、空を見上げる。眩しいほどの青は気持ちよかったが、遮るものが何もない太陽の光は少しばかり目に痛い。ずっと下を向いて土ばかり見ていたせいだと思いながら、和泉守は目を細くして眩しさに耐えた。ぐ、と背を伸ばせば、丸めていた腰が伸びて気持ちがいい。じんわりと広がるその気持ちよさを甘受していたところへ、和泉、と声をかけられた。
「見とおせ! こがぁにふとい大根が採れたぜよ!」
 顔を土で汚しながら笑うのは今日の畑当番の相方である陸奥守で、喜々として抜いたばかりの大根を見せてくる。ずい、と眼前に突きつけられた大根は、確かに大きかった。
「でけえな」
「じゃろ? さっきおんしが抜いた大根よりふといぜよ」
 その大きな大根に頬ずりをせんばかりの勢いの陸奥守は、んふふ、と含み笑いをして和泉守を見る。それはどこか勝ち誇ったような視線で、己の抜いた大根よりも大きいと言われてしまえば、和泉守の負けず嫌いに簡単に火がついた。
「ああ? オレの抜いたやつの方がでけえだろ」
 先ほど籠の中に入れたばかりの大根を出して、比べるように陸奥守の大根の横へと差し出す。青々とした葉とみずみずしい白い根の境を合わせて比べてみれば、僅かながら和泉守の抜いた大根の方が大きいように見えた。
「ほら、オレの方がでかい」
「わしの抜いた大根の方が太い」
「はぁ? どう見てもオレの方がでかいだろ」
「いんや、わしの方じゃ」
 和泉守ほどではないにしろ、陸奥守も負けん気が強いところがある。その気質は戦場よりも日常の中で多く見られ、今もまさにそれが発揮されているのだろう。両者ともに己の抜いた大根の方がでかいと譲らず、畑の真ん中できゃいきゃいと言い合いを始める。
「ほいたら、ここからあそこまで抜いて、そん中で一番大きいやつで勝負するっちゅうのはどうじゃ」
 ここからあそこ、と陸奥守に示された範囲は畑の真ん中から端までの一列だ。互いに真ん中から始めて、端へと抜いていく競争。普段の和泉守ならばそれを見ただけで嫌になるが、この時はそれよりも負けん気の方が勝っていた。
「ああ、いいぜ。お前より大きいやつを抜いてやらぁ!」
「わしも負けんぜよ!」
 だから収穫のために上手く陸奥守に乗せられたと気づいたのは、畑の端に到達し、籠いっぱいになった大根を見た時だった。
「くっそ、陸奥。てめぇ乗せやがったな」
「さぁて、なんのことじゃろうにゃあ」
 上手く利用された事に苛立ちを覚え、和泉守は大根の入った籠を背負ってやってきた陸奥守を睨めつけるが、陸奥守はにこにこと笑ってその視線をやり過ごす。楽しそうに笑いながら籠を下ろして、あぜに座り込む和泉守の隣に腰を下ろした。
「乗せたっちゅうがは人聞きが悪いのぉ。わしは単にふとい大根が採れたき、おんしに見せただけじゃ。ほいたら、おんしが突っかかってきたんじゃろ」
 あくまで、己が突っかかっていったから勝負をしたまでという体を装うらしい。陸奥守と己はよくくだらないことで喧嘩をしたり、勝負事をしたりする。それを考えれば陸奥守の言い分もあながち間違ってはないだろうが、その勝負事を利用していないとは言えないだろう。
 そう思ってじとりとした視線を送るも、からからと笑われて終わる。
「ふといのは穫れたがか?」
 それはそれとして勝負事は勝負事らしく、陸奥守は自分はさっきより大きい大根が採れたと見せてきた。和泉守も一番大きいと思った大根を籠の中から取り出し、先ほどと同じようにして大きさを比べる。今度は大きさも太さも和泉守が抜いた大根の方が大きく、勝負事に勝ったことで苛立ちがどこかへ吹き飛んでしまった。
「オレの勝ちだな」
 勝ち誇ったように笑えば、陸奥守は僅かばかり悔しそうな顔をして見せるものの、あっさりと引き下がる。
「ほうじゃの。ほいたら、その大根で今日はふろふき大根にしてもらうかえ」
「お、いいねぇ」
 今日の料理当番には歌仙もいる。ふろふき大根は誰でも作れるが、歌仙が作るふろふき大根は丁寧に作っているのか、他と違って美味しい。今日は期待していいだろうと、夕餉のおかずに思いを馳せる。
「こんだけありゃあ、他にもできるな」
「そうじゃのぉ。暫くは大根料理が続くにかぁらん」
「大根だったらいいけどよ。前のようにさつま芋ばっかり続くよりはましだ」
「そがぁなこともあったの。あん時はさすがのわしもまいったぜよ」
 はっはっはっは、とあっけらかんと笑う陸奥守に、和泉守はその当時のことを思い出して眉をひそめた。
「笑ってるけどなぁ、あれはお前のせいだろ」
 何ヶ月か前、一時的に本丸での三食おやつがさつま芋まみれになったことがある。この本丸が稼働し始めた頃に植えたさつま芋の収穫量が多く、それを消費するまでに一週間程度かかったのだ。当時は二十振りに満たない程度の刀剣しかおらず、おやつと三食を芋まみれにするしか消費の方法はなかった。
 さつま芋の量が多かったのは、初の鍛刀で顕現した小夜左文字と相談した結果だと陸奥守は言っていた。育てやすい上に大量に収穫ができ、環境の変化に強い野菜であるからだ。けれどそれだけが大量に採れても仕方がないと、収穫が偏ることのないようさまざまな野菜が植えられるようになった。
 増える刀剣男士に合わせて拡張された畑には、きゃべつや白菜などの葉物、さつま芋や人参などの根菜から、きゅうりや茄子などの果菜類まで、幅広く植わっている。神気の満ちた本丸では四季や旬などには関係なく野菜が育ち、いつでもなにかの野菜が食べ頃だ。隅には苺や西瓜などの水菓子の類も植えられ、それらはおやつとして出されることもある。
 大根もそのうちの一つで、これは己と堀川が主に言って育てる量を増やしてもらったものだ。今はちょうど収穫時期にあたるのだが、籠いっぱいの大根は流石に一回では使い切ることができない量だ。
「計画的に採れって二代目にどやされそうだな」
「まぁえいじゃろ。小さいものはたくあんにするき」
「たくあん? お前が作るのか?」
「おん」
「へぇ。せいぜい食えるもんを作れよ。オレぁ、たくあんにはうるさいからな」
 たくあんは、和泉守の好物だった。元の主がたくあんが好きだったから、ということもあるのかもしれないが、和泉守もたくあんが一番好きだった。そのたくあんを陸奥守が作るという。作るということは膳に並ぶということで、不味かったら承知しねえからなと忠告すれば、陸奥守は意味ありげな笑みを浮かべる。
「おんし、今のたくあんは好きがか? たまに堀川から貰っちゅうじゃろ」
「はぁ!? てめ、なんでそれ知って……!」
「おんしの行動なんぞばればれじゃあ。こじゃんと食べちゅうき、好きなんじゃろ?」
「……そりゃ、まぁ、たくあんだしな」
 殆ど確信を持って聞かれ、言い訳をすることの方が格好悪いと口を閉じる。今朝も朝餉に出たが、今のたくあんは丁度いい固さと味付けで気に入っている。そんなことを思いながら眉を寄せたまま頷けば、にひ、と陸奥守の口角が上がった。
「それ、わしが作ったんじゃ」
「……はぁ?」
 初耳だった。驚いて目を見開けば、してやったりとでも言うように陸奥守が破顔する。にやついた笑みが気に入らずその脳天を手で軽く叩けば、何するがじゃと怒られた。
「お前が、あれを作ったってか?」
「おん。前にも大根だけこじゃんと採れた時があったろう? あん時にちっくと作ろう思うてやってみたがよ」
 和泉守が叩いた所をさすりながら応える陸奥守に、そういえばさつま芋の大量収穫の時と同じくらいの時期に、大根がかなり採れたことを思い出す。確かに、その頃からよくたくあんが膳に出されるようになったなと、今更ながらに気がついた。
「ほいたら、結構上手くできてのぉ。誰とは言わんが気に入ってくれたもんもおるき、大根が採れたら毎回作っちゅうぜよ」
 誰とは言わんがの、と繰り返した陸奥守の目はまたにやついていて、最初から気がついてたんじゃねえかと恥ずかしくなる。からかわれたことへの怒りなのか気恥ずかしさなのか、顔が熱かった。おそらくは赤くなっているだろう顔を陸奥守から逸らすと、くつくつと笑う声が後を追う。
「わしが作ったもんを美味い言うて食べてくれるがは、嬉しいもんじゃ」
「そーかよ」
 ぶっきらぼうに応えを返しながら、ふと優しくなった声に視線を戻す。ちらりと見た陸奥守は、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「やき、おんしに怒られんようしっかと作っちゃるき、期待しよってもえいぜよ」
「そこまで言うなら期待値上げて待っててやるよ」
「おん、任せちょき!」

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いずむつ

青に揺蕩い、赤に消え 下

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