発行物紹介
introduction
典ソハ
in the room
「部屋」がテーマの侘助さん(Pixiv)との漫画・小説典ソハ合同誌。
小説は、私物を持たず部屋がキレイなソハヤについての大典太の話。
色々ふんわり。
イベント頒布価格600円
A5 / 56P
2021年3月28日発行
頒布終了しました
in the room サンプル
SAMPLE
一.
初めて足を踏み入れた万屋街は、刀剣男士や審神者で酷く賑わっていた。本丸での穏やかな静寂と、戦場での激しい慟哭しか知らない大典太には、がやがやとした喧騒は少し煩くも思える。活気があるということはこういうことか、とまた一つ学びながら、前を歩く色素の薄いふわふわした髪を見失わないように歩いていく。
「こちらですよ~」
その髪の持ち主である物吉貞宗が立ち止まったのはとある店の前だった。人混みの中でぶつからないよう慎重に歩いていた大典太と付き合っていた前田は、物吉に少し遅れて店の前に辿り着いた。
「このお店には初めてきました」
「少し奥まったところにありますから。僕もソハヤさんと一緒に万屋街を端から端まで歩いていなければ気づかなかったです」
でも商品はとてもいいですよ、と物吉が紹介してくれた店は、茶器を取り扱う店だった。万屋街の中心から少し外れた奥にその店はあり、だからだろうか中にいるものはとても少なかった。
「以前に来た時とても興味深そうに色々見てましたから、ソハヤさんの好みのものもあると思いますよ!」
「ありがとうございます、物吉さん。僕だとソハヤさんの好みは判らなかったので助かります。頑張って探しましょう、大典太さん」
「……そうだな」
大典太が前田に頼んだのは、ソハヤへの贈り物探しと一度も訪れたことがない万屋街の案内だ。前田たちに貰ったものを見て気分が高揚し、その昂ぶった気持ちのまま兄弟にも贈り物をしてみたい、と思ったのだ。
顕現当初から迷惑をかけている自覚があり、特になるまでに色々と苦労をかけた自覚はある。特になった日に言葉では礼を伝えたが、贈り物をするのもいいだろう。そして、己が前田たちから文鎮を貰って嬉しかったように、兄弟であるソハヤにも喜んでもらいたくなった。
それはいいですね、と案内を快く引き受けてくれた前田とどのような贈り物をするかを相談している中で、大典太はソハヤの好みを知らない事に気がついた。顕現してから特がつくまで、教育係として、兄弟として一緒に居たというのに、尋ねられてすぐには思い浮かばなかったのだ。そもそもソハヤの私物も少なく、好みと言えるものを推測するのも難しい。そこで、物吉に尋ねることにした。
物吉とは刀で在った頃の繋がりはないが、ソハヤとの繋がりで何度か話したことはある。洗濯物を取り入れていた物吉に事情を話すと、それならと案内をしてくれることになり、そうして物吉の仕事が終わるのを待って、三振りで万屋街にやってきた。
「……何がいいのやら」
ソハヤが気にしていたという茶器の店に連れてきてもらったのはいいものの、棚に並べられた多種多様な模様の器を見て口の中で唸る。簡素なものから派手なもの、柄を使ったもの、形が独特のもの、光沢があるものないもの。様々な器を手にとっては悩む。
店の傾向としては簡素でありながらこだわりの感じられるものではあるが、その中でも種類が有りすぎて分からなくなってくる。贈るものの種類は決まっている。あとは物を選ぶだけなのだが、それが難しい。
どのようなものを兄弟は好むのか。色は。形は。重さは。今まで共に過ごしてきた中で何か参考になることはないかと記憶を辿るが、何も思い浮かばない。
「何でもいいと思いますよ。他人の好みを完全に当てるのは、かなり長い付き合いをしているか、調査が完璧じゃないと無理じゃないでしょうか」
兄弟のことを何も知らないと落ち込む大典太に声をかけた物吉は、僕もソハヤさんの好みはわかりません、と言う。
「だが前田は俺の好きなものをくれた」
「前田くんは大典太さんと長く共に合ったと聞きますし、大典太さんはそうですね、少しわかりやすいところがありますから」
暗い、表情がない、とはよく言われるが、分かりやすい、と言われたのは初めてだった。そうなのか、と前田を見れば、少し困ったように微笑まれた。それは分かりやすいということを肯定していて、大典太もなんとも言えない顔をする。
そう言えばソハヤも、大典太が酷く落ち込んでいるときに甘やかしてくれたことを思い出す。兄弟という関係だからこそだと思っていたが、あれも分かりやすかったからだろうか。
「大典太さん。贈り物をする時にいちばん大事なことって、何かわかりますか?」
「大事な、こと」
「はい。僕は、贈る人の気持ちが一番大事だと思います」
物吉は近くにあった山吹色が美しい器を手に取る。
「大典太さんが前田くんに贈り物をもらって嬉しかったのは、その気持が嬉しかったからじゃないでしょうか」
「……そう、だな」
人や小動物と触れ合えないことを気にしている大典太だが、人や小動物が嫌いなわけでなく好きだからこそ気にしてしまい落ち込んでしまう。触れてみたい、と兄弟や前田の前でこぼしてしまったこともある。そんな大典太に鳥の意匠のものをと思うのは自然なことで、贈り物それ自体が嬉しかったのももちろんあるが、やはりその気持ちが一番嬉しいと感じた。
「だから何を選んでも、きっとソハヤさんは喜んでくれますよ!」
「……そうだな。ありがとう物吉」
贈るのならなるべくソハヤの好みにあったものを、と思っていたが、無理にそうしなくてもいいと思えば、幾分か気が楽になった。
「好みがわからないのであれば、大典太さんがご兄弟に似合うと思うものをお選びになられては?」
「いいですねー、ソハヤさんの好みはわかりませんが、そうやって自分のために選んでくれたものを無下にするような刀ではないことはわかります。絶対喜んでくれますよ! あ、でも、」
物吉は何かを思い出したように言葉を切る。言おうか言うまいか悩む素振りを見せた後、口を開いた。
「ソハヤさん、物を持つということをあえてしていない気がするので、正攻法で渡しても気持ちだけ受け取って品物は受け取らない可能性があります」
そういう事は早く言ってほしい、と前田と大典太の気持ちは一つになった。