in the room サンプル

SAMPLE

二.
 
 
 
 昼過ぎに報酬の新刀剣男士を入手した本丸は、一旦出陣を中止にして今日は休息日となった。新しい刀剣男士は、近侍に本丸内を案内してもらっており、夜には歓迎会を開く予定だという。催し物開催から今日までずっと出陣していた部隊の仲間は、新しい仲間が顕現するのを見届けてからそれぞれ抱えていた疲労を隠すこと無く、油が切れたように順に床に倒れていった。
 広間で寝落ちた仲間を開放してから、ソハヤはその中にいなかった大典太を探して自室までやってきた。霊力を辿るまでもなく、ソハヤは大典太ならここにいるだろうと思っていた。
 少し開いていた戸を開けて覗き込めば、はたしてそこに大典太はいた。戸の向かいの壁に、最近買ったという大きなクッションを自身との間に挟み、顔を下に向けてぐったりともたれかかって眠っているようだ。無防備に放られた刀と脱ぎ散らかされた防具、刀と同じ様に無防備に投げされた手足に、主の端末に表示される、刀剣の疲労度を表す画像が見えるような気がして笑う。
「兄弟」
 声を掛けても反応はない。随分と疲れているのだろう。散らかされた防具を隅に寄せ、刀を刀掛台に置いてから、ソハヤは大典太の前に座り込む。寝息は聞こえない。深く眠り込むときの大典太は、まるで置物のように静かに眠る。胸中に生まれた少しの不安に、ソハヤは大典太の胸元に手を伸ばした。温かく上下する胸に生きていることを確認して、手を離した。
「……ん……」
 手が落ちてきていた髪に触れてしまい、それがくすぐったかったのか大典太が小さく声を出す。ふる、と緩く振られた頭は前髪が邪魔なようで、かきあげてやった。その下から少しやつれた顔があらわれる。連隊戦は、顕現して半年の大典太でも中々にきつい出陣だったのだろう。
「男前が台無しだなぁ。また怖がられかねないぞ」
 なんて笑っていると、声に気がついたのか大典太がもぞりと動く。閉じられていた目がゆっくりと開き、昏い朱の目がソハヤを捉えた。
「……そはや」
「おう。目覚めたか、兄弟」
「…………」
 ぼんやりとこちらを見てくる目はとろりと睡魔に溶けていて、未だに眠りの淵から帰って来ていないことをソハヤに伝えている。出陣していた部隊が帰ってきてから一時間も経っていないので、眠り足りないのだろう。
「布団を敷いてやるから、少し待ってろ」
 眠るにしても、クッションにもたれかかるよりは布団で眠ったほうがいい。宴会までの数時間でも、しっかり眠って疲れを取ってもらわないと。宴会は全刀剣強制参加なのだから。
 布団を敷くために立ち上がったソハヤは、けれど直ぐに座り直すことになる。
 ぐい、と力強く手を引かれてよろめいた身体を伸びてきた腕に受け止められ、そうしてソハヤが気づいた時には大典太に背後から抱きかかえられる形で座り込んでいた。
 何が起こったか判らず目を瞬かせる。締め忘れた障子戸の先の庭ではまた雪がちらつきはじめ、夜にはまた多く積もるだろう
 と関係のないことを思う。外の空気が入ってきていて寒いはずなのに寒くないのは、背後にある気配のせいだ。
 背後から感じる温かさと馴染みのある霊力に、漸く大典太に抱きすくめられていることを認識する。
「兄弟?」
 顔だけで後ろを振り向こうと身じろぎをしていると、動くなと言わんばかりに腹に回された手に力がこもる。眠いはずなのに逃さない力があった。
「おい、兄弟、」
「……おかえり、兄弟」
 瞬間、ソハヤは動きを止めた。お帰りはこちらの台詞だ、と言う言葉が喉に詰まって出てこない。
 ソハヤが動きを止めたことをいいことに、背後でもぞもぞと動く気配がある。首筋に己のものでない髪の毛が触れて、その冷たさとくすぐったさに「うひゃ」と変な声が出た。慌てて口を紡ぐがそれに対する大典太の反応はなく、やがてすぅすぅと規則正しい寝息が耳元で聞こえてきた。
 背後から抱きかかえられ、肩に額を乗せられて、まるで抱き枕のようだ。触れたところから霊力が緩やかに吸われていく感覚があるので、補給装置なのかもしれない。
「……おーい、兄弟」
 いやいや、眠るならちゃんと布団で寝てくれ。
 おーい、とソハヤは背後にいる己が兄弟に声をかける。兄弟、大典太、光世、蔵入り息子。どの名を呼んでも反応が返ってくる気配は微塵もなかった。

 

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