発行物紹介

introduction

いずむつ

成人向

赤に微睡み、 青に行く

既刊「青に揺蕩い、赤に消え」番外編です。シリアス目。
陸奥守二振り視点の小話詰め合わせ。
一部、BOOSTお礼・ワンドロ・Twitter連載していたものを含みます。

イベント頒布価格800円

2021年11月28日発行

現在頒布中

赤に微睡み、 青に行く サンプル

SAMPLE

赤を探す

今日も今日とて晴天だ。外からは柔らかな光が入り込み、部屋の空気は温かい。
「いい天気じゃにゃあ」
 呟きに返る声は今はない。陸奥守は日差しの暖かさに誘われるように一つ欠伸をしてから、座って本を読んでいた体勢そのままに背中から布団に倒れ込んだ。ふかふかの布団はその衝撃を受け止めてくれたが、手から本がずり落ち、開いたまま顔にぽすりと落ちてくる。それを拾い上げてぺらぺらと捲ってみても、湧き上がってきた眠気に負けそうでどうにも集中ができない。
「こがぁにゆっくりしちゅうと、眠くなるぜよ」
 本を閉じて枕元に置き、眠気に負けないようにごろごろと布団の上を転がった。何度か体勢を変えながら、結局横向きになって庭を見ることにする。読書は休憩、天井を見るのは飽きたので、必然的に庭を見るしかない。
 いい天気だ。明るい庭で陽の光を浴びたらどれくらい気持ちがいいだろうか。あの太陽の下でする畑仕事はどれだけ楽しいだろうか。けれど外に出ようとすれば、この部屋のそばを通る仲間によって室内に戻されてしまうので、部屋の中で大人しくしているしかなかった。
 思えば、こうしてただ怠惰を貪るのは久しぶりだ。初期刀として前の主と共に奔走し、今の主になってからも同じように本丸を支えるために働き、ここ一年程は出陣や次々に起こる本丸の不調に振り回され、そうしてつい先日まで病で床に臥せっていた。長らくこうして、日がな一日ゆっくりすることはなかったように思う。
 この数年本当に色々な事があったと、陸奥守は自室からぼんやりと光さす庭を眺めながら、独りごちた。
 初期刀として顕現された最初の本丸では、本丸運営が軌道に乗り仲間も増えて順調に任務をこなせるようになった時、主の病が判明し本丸は解体となった。主が、審神者特有の病の一つである反転病にかかったためだ。審神者の持つ神気や霊力が反転し、制御不可能状態となってやがて毒となり、本丸や刀を朽ちさせていく病。当時はようやく治療法が確立し始めた頃で、本丸を維持しながらの治療は難しく、政府から解体を言い渡された。円満とは言えなかったかもしれないが、主が納得して本丸は解体された。
 初めの本丸の解体後は、主の弟である現主に引き渡された。同じ主に顕現された山姥切も共に契約を移行し、山姥切が初期刀として、己は現主と山姥切の補助役として本丸の再運営を始めた。現主の霊力が多少不安定で能力的にも未熟なところがあるため、多少失敗が多かった。けれど試行錯誤を繰り返しながら、順調に本丸を回せるようになった。少しずつおかしくなっていったのは、長らく顕現できなかった和泉守兼定がこの本丸に来てからだ。
 和泉守兼定の特徴ともいえる浅葱色のだんだらの外套を持たない和泉守が顕現されてからは、ゆっくりとではあったが様々なことが起こった。天候の不調に、遠征先が変わるという不具合。他の本丸へ繋がってしまったこともある。和泉守が直接の原因ではないが、純粋なこの本丸の刀でないものを顕現したことがきっかけの一つではあっただろうと思う。
 なんの因果か和泉守は、己たちと同じように前の主が反転病にかかり解体された本丸の刀だった。どうやってこの本丸に紛れ込んだのかは知らないが、そうして顕現した和泉守は様々なことを己へ残し、この本丸を去っていった。元の本丸に残っていたあちらの陸奥守の元へと、戻っていった。
 和泉守がこの本丸を去ってから、数日。長く続いていた天候不良も解消され、本丸は活気を取り戻しつつある。陸奥守も気がつけば反転病の症状が薄れ、徐々に回復し始めていた。
 順調に回復してはいるものの、未だ本調子ではない。自覚している分にはもう普通の生活ができるくらいに回復してはいると思うのだが、手入れでは直らないものなので主がとにかく心配して、完治するまで床上げはお預けだ。
 それに文句を言うつもりはない。倒れてから続いていた神気不足と病床生活で身体が鈍っていたところに、和泉守の元の本丸の陸奥守に神気をほとんど与えてしまったことが駄目押しとなり、三日間も意識不明だったのだ。主が心配性になるほどのことをしたと思っているし、主のみならず山姥切や本丸の皆に諭されては、無理を通すつもりはなかった。
 けれど、ただ部屋で寝ているだけなのでやれることが限られており、暇だ。倒れる前まではいつも本丸を歩きまわっていたので、ここまで暇になったことはない。主の書類仕事でも手伝おうかと提案したのだが主と山姥切から反対され、それならばと本を持ってきてもらった。本はかなりの量で、この量を読み切るまでは休んでいろという無言の圧すら感じた。ひたすら読み進めて、部屋の隅に置かれた本は、今は半分くらいに減っている。
「陸奥守さん、おやつを持ってきましたよ!」
 そんな声と共にひょこりと障子戸の向こうから顔をのぞかせたのは、秋田だ。その後ろから鶴丸も顔を出す。
「今日は粟田口特製のかすてらだ。食べれそうかい?」
「おお、かすてら! えいのぉ」
 腹筋の力だけで起き上がり、布団に座り直す。当然のように秋田と鶴丸はその側に座り、盆に三つ乗っていたかすてらの皿をそれぞれに配る。秋田が語る料理中に起こった出来事を聞きながらのおやつの時間となった。
 部屋にいて暇ではあるのだが、空いた時間に色々な刀が手土産を持って訪ねてくるので退屈はしない。山姥切などは毎日のように来てくれるし、堀川も主に頻繁に顔を出してくれる。けれどその中に、和泉守の姿はなかった。
 反転病の症状が出て床に臥せっていたとき、一番見舞いに来てくれたのは和泉守だ。その姿がないことに少しの寂しさを覚えてしまう。
 もう和泉守は、いないのだ。たくあんが無くなっても文句は言われないし、手合わせをせがまれることもなく、怒ったような心配顔を見ることもない。一年にも満たない時間ではあったが、随分とその存在に慣れ、絆されてしまったなと思う。
 顕現した当初から、あの和泉守は己が待っていた和泉守兼定では無いことは分かっていた。そもそも己と恋仲だった和泉守は初期化をされて他の本丸へと譲渡されたはずで、元いた本丸に顕現することは万一にもない。それでもと心の何処かで期待をして、現実を突きつけられた。
 恋仲だった和泉守に未練がなかったと言ったら嘘になる。けれど、その未練と感傷を断ち切らなければ先に進めないことは理解していたし、人の姿をしていようが己たちは遡行軍と戦うために励起された刀であるので、いつまでも未練にしがみついているわけにもいけなかった。だから恋仲であったという事実を己の中だけにとどめ、新しく顕現した和泉守とは良い仲間として付き合っていこうと、そう思っていたというのに。
 何も知らないはずの和泉守は、己へ真っ直ぐに好意をぶつけてきた。守らせてほしいだなどど、あれが告白で無くてなんだというのだろうか。それで、仲間であろうとする決意が揺らいでしまったのだ。
 刀剣男士はどの本丸に顕現しても、元は同一の存在だ。つまり、己が惹かれた和泉守の要素を、あの和泉守も持っていた。だから、己の中で揺らぎが大きくなってしまった。けれど同時に、それは己に向けた好意でありながら己を通した誰かへの好意であることも分かってしまった。
 そうして結果、和泉守は在るべき場所へと戻っていった。今は忘れられた本丸にいて、あちらの陸奥守との時間を静かに過ごしているのだろう。己と和泉守だ、もしかしたら騒がしいのかもしれないが。今頃はどうなっているだろうと考えるのは、敢えてしないでいる。
 朽ちゆく運命の本丸に二振りが残ることに、否を唱えるつもりはない。あれがあの二振りの出した答えで、結末だ。引き止めたところで、その制止すらも振り切って和泉守はあの本丸に残っただろう。
 それが和泉守兼定という刀だと、陸奥守は思う。逆に本丸を離れられない陸奥守だけを置いて自分は残るといい出したら、蹴り飛ばしてやろうと思っていたのだ。
 諦めなかったからこその、あの結末だ。朽ちゆく本丸から求めた刀を連れ戻せない絶望の中で、けれど和泉守にとって大事なことを諦めなかった選択が、あの現状だ。全てを受け入れて、和泉守はそこにいる。
 そんな己の言ったことに対する真っ直ぐさは、和泉守の好ましいところだ。そうして諦めないところも。
 初期化される前、恋仲だった和泉守もそんなようなことを言っていた。諦めなくても現状どうしようもないことだってある。そう思って諦めていたら、起きる奇跡も起きやしない。そんなようなことを言われたと、不意に思い出した。諦めるな、と言われた時に、そのときの和泉守と目の前の和泉守が重なった。
 あの時努力すると和泉守には言ったが、けれど変えられない現状もある。現状として己が好いた和泉守が戻ってくるわけでもないし、次に顕現した和泉守に誠実に付き合っていくことしか、できることはないだろう。
「次、なぁ」
 小さく呟いた声は部屋の中に消え、応えるものは誰もいない。秋田と鶴丸はかすてらを食べ終えてから暫く談笑した後、片付けがあるからと厨へ戻っていった。
 次はいつ、和泉守が顕現するだろうか。気がつけばそんな事を考えてしまっている辺り、まだ和泉守兼定自身に対して未練があるようだ。
 主は、暫くの間は和泉守の顕現を行わないと言っていた。それは己や堀川を始めとする和泉守と縁深い刀剣たちへの配慮であり、主の心の整理のためでもあるだろう。
 人は失ったものや亡くなった人に対して、寄せていた心を平常に戻すためにしばし時間が必要となる。だから暫くは和泉守兼定を欠いたまま、本丸は運営される。
 くあ、とまた欠伸がでた。天気のいい日にこのような湿っぽい考えをするのは止めようと、陸奥守は再び布団に沈み込むと目を閉じる。暖かな日差しと暖かな空気に、眠気はすぐにやってきた。
 目を閉じていると、本丸の神気の流れがよく分かる。淀み無く本丸を巡り浄化している力は、今の主のものだ。本丸の中心にあった、本丸の浄化と安定の役割を担っていたお守りがなくても、十分に安定している。あのお守りは前の主が残していったもので、そこから本丸中に広がっていた懐かしい気配はお守りがなくなると同時に消えた。けれどこうして目を閉じていれば、主の気配に混じって少しだけその残滓を読み取ることができる。
 懐かしい前の主の気配がするのは、それだけでどこか落ち着く。けして今の主の神気が嫌なわけではないが、人にとっての親のような、そんな安心感を覚えるのだ。和泉守はいないが、今はそれだけで十分だ。
 次に和泉守に会った時はどんなふうに己のことを話そうか。そんなことを考えながら、眠気に誘われるまま、陸奥守は意識を落とした。
 
 
 
 
 
 陸奥守が目を覚ましたのは、和泉守が元の本丸へ戻ってから三日後のことだった。
「吉行、飯を持ってきた」
「すまんの、まんば」
 山姥切は陸奥守の自室へと入ると、体を起こしていた陸奥守へ持ってきた盆を渡して、己もその横へと座った。
「……主が言うには、暫くあんたは出陣も内番もなしで、療養優先だそうだ」
「内番もがか。せめて畑くらいは」
「駄目だ。無茶をして倒れたのはどいつだ」
「……わしじゃな」
 和泉守のいた元の本丸との門が閉まった後、陸奥守は糸が切れたように意識を失って、倒れた。その時の主の狼狽は酷く、堀川と二振りでなんとか宥めることが出来た。和泉守のことでだけでも余裕がなかっただろうに、そこにきて反転病の症状が出ていた陸奥守が倒れたとなると、若い主の許容量を軽く超えてしまったらしい。あれは完全に錯乱状態だった。
「主が心配しながら怒っていたぞ。姉にあんたへの仕置の方法を教えてもらっていた。……あとで謝っておけ」
「おおの……しっかり謝っちょく」
 主の姉の名前を出した途端にしおらしくなる陸奥守に、己たちは未だに前の主に対して恐れを抱いているのだなと溜息をついた。前の主の仕置は、刀であっても怖いのだ。
 歌仙特製の粥が入った小さな土鍋の蓋を開けて、しおらしくしていた陸奥守が一転、うまそうじゃといつもと変わらぬ声ではしゃぐ。その笑顔は臥せっていたここ数週間ほど見ることが出来なかったもので、いつもの調子に戻ったと安堵する気持ちと、あまりにもいつも通り過ぎて逆に心配になる気持ちが湧き上がる。もしや無理をしているのではないかと思うほどに、普通だ。無理をしているときほど笑って隠す刀であると、付き合いの長さで知っている。
「……良かったのか。行かせてしまって」
 だからつい、問いかけてしまった。しまったと思うが、ぽつりと出てしまった問いはしっかりと陸奥守に届いたらしく、粥を一口食べた陸奥守がきょとりと瞬く。
「ん?」
「……和泉守だ。……あんたはずっと、あいつを待っていただろう」
 れんげを置いて、陸奥守は困ったような笑みを浮かべてから、庭へと視線をやる。今日は久しぶりに晴れ間が覗き、庭は眩しいほどに光っていた。和泉守が前の本丸へと去っていってから、空を覆っていた鈍色の雲は徐々に薄くなってきている。あと数日もすれば、しっかりと晴れるだろう。
「おん。それがあの二振りが出した答えじゃ。わしには、その選択に口をだす権利はないぜよ」
 からりとしていながらもどこか寂しそうな陸奥守の声に、山姥切は眉を寄せた。
「そうじゃない。……ずっと、待ってただろう、あんたは」
 前の本丸の時から己は陸奥守とずっと一緒だった。だから陸奥守が和泉守を想う気持ちも、堀川と同じくらい和泉守の顕現を待ち続けていたことも、知っている。
 和泉守は結果としてこの本丸を基として顕現した和泉守ではなかった。けれど確かに主に顕現された、この本丸の和泉守でもあったのだ。
 絆されつつあったことは見ていて分かった。本刃も自覚があったようで、相談されたこともある。一つの区切りを設けて身の上を伝え、それでもなお受け入れてくれるようなら考える、と話してくれたのは最近だ。
 しかし、せっかく決意をしたところにこの騒ぎである。
 その手を離す選択をした陸奥守を責めるつもりもなく、その選択が誤りだったとも思わない。けれど、陸奥守はそれで本当に良かったのか、という心配はある。
 本心は、違うのではないか。山姥切は探るように陸奥守を見つめるが、陸奥守はそれが本心だと言うように笑う。
「ははは、なんじゃあ心配してくれゆうがか!」
「……写しの俺が心配したところで無意味だとは思うが、」
「そがぁなことはないちや。おんしには何度も助けられたき。それに和泉守のことは、……まぁ寂しい気持ちもあるけんど、ずっと待ちよったき、また待つくらいはどうってことないぜよ」
「……そうか」
 確かに言うように、これまで通り陸奥守は日々を過ごしていくのだろう。寂しいという気持ちを抑え込んだまま。
「ありがとうな、まんば。次はもうちっくとうまくやるき」
 笑う陸奥守に、山姥切は決意する。
 今度和泉守が顕現したら、一発殴ろう。友達として、一番近くにいたものとして、陸奥守にこんな表情をさせる和泉守を許せるわけもない。陸奥守が許して受け入れていたとしても、己はまだ許すことはできない。何も知らないと思うが、同じ和泉守兼定だ。己の感情のはけ口となってもらおう。
 山姥切は決意をするように、一つ息を吐いた。

1 2

いずむつ

成人向

赤に微睡み、 青に行く

現在頒布中