発行物紹介

introduction

典ソハ

成人向

白い部屋の中

◯◯◯◯しないと出られない部屋に閉じ込めれられた典ソハの話。
ギャグでもなくシリアスでもないふんわりとした不思議な話になりました。
※こちらの本は後日オフ本に再録予定です。

※ゲームにない設定が出てきます。
※誤字脱字はあります

イベント頒布価格200円

コピー / A5 / 28P

2023年6月25日発行

頒布終了しました

白い部屋の中 サンプル

SAMPLE

「白い部屋、という話を知っているか?」
唐突に、ふと思い出したように尋ねられ、ソハヤノツルキは眉をひそめて声の主へと顔を向けた。
「兄弟、それは今話題にしなきゃいけないことか?」
「……ああ」
隣に並び立つ大典太光世が、と赤い目をひたりと合わせてくる。この状況で聞くことだろうかと思いながら、ソハヤは首を傾けてしばし記憶を掘り起こしたあと、その首を横へ振った。
「聞いたことはねえな。鈍色の部屋なら、目の前にあるが。まぁ部屋かどうかはわからねえけどな」
言いながら前を向けば、そこには鈍色の広い空間がある。己たちの足元から続く鈍色は果てしなく遠くまで続いているようであり、けれど二振り分しか空間のない小さな箱のようにも思えた。果てがないわけではないので、この空間を指して部屋とも言えるのかもしれない。
「兄弟はこの空間がその白い部屋、っていう話と似ている、って言いたいんだろ? その白い部屋ってのはなんだ?」
「先程の演練のときに聞いたから、俺も詳しいことは分からないが……」
「ああ、そういえば最後の演練のあと、あっちの隊長と話してたな」
今日はソハヤと大典太は久しぶりの演練だった。刀剣の数が増えるにつれ出陣や遠征、演練に出る回数は少なくなっていく。主の意向で定期的に出陣の機会が与えられているとはいえ、特に演練は極部隊で出ることが多いため、極めていない己たちが出るのはかなり久しぶりだった。
演練で戦った部隊に珍しく己たちの同位体がいて、ソハヤは大典太と、大典太はソハヤと戦ったのは、つい先程のことだ。こちらの部隊の勝ちで終わったその戦いのあと、隊長を任されていた大典太はあちらの隊長である三日月となにやら話し込んでいた。ソハヤは大典太と同位体と話していたため、なにを真剣に話していたのかは分からなかったが、そのときに白い部屋の話を聞いたのだろう。
そして話も終わり、本丸へ帰城するために部隊の最後について転送門をくぐったら、何故か二振りだけこの空間にいた。前を歩いていた仲間たちの姿は見当たらず、後ろを見ればくぐってきたはずの門もどこにもない。
「三日月によれば、今、その白い部屋という怪異が流行っているらしい。出陣や演練、万屋へ出たり、本丸へと戻る際に門をくぐると、何もない白い部屋に飛ばされ、閉じ込められる」
「今と同じだな」
違うのは色だけだ。白い部屋が模様替えでもしたのだろうか。鈍色の空間は見ているだけでも身体がぞわぞわとする。
「これは怪異か?」
「政府は調査中、と言っていた。だが三日月は怪異だと」
「まぁ、空間捻じ曲げて接続してきてるんだから、普通じゃないよな」
門がどのようにして別々に存在する空間同士を繋げているのかはソハヤには分からない。刀剣男士が過去に出陣できる技術も今の技術はすごい、という程度しか分からない。だが、時代や空間を繋ぐ門が別の空間へ強制的に繋げられるというのは、非常に危険であることは分かる。
「この空間が白い部屋と同じかはわからんが、似ているのなら脱出方法も同じ可能性が高いな。兄弟、三日月から他になにか聞いてないか?」
なんの変哲もない空間ではあるが、早く出ていくに越したことはない。三日月から聞いた話の中に脱出方法があれば、それを試してみる価値はある。
「気をつけろとは言われたな。あと脱出方法は………」
大典太が上を見る。つられてソハヤも上を見るが、何もない。目を凝らしてもただ鈍色が広がるだけで、脱出手段らしきものは何も見えなかった。首が疲れてくる。
「上に行くのか?」
「いや……ああ、出てきたぞ」
あそこだ、と大典太が指をさす場所に、じわりと黒が滲む。ぞわりと背を何かが這い上がっていくような不快な気配がして、けれど黒い模様から目を離せなかった。墨を紙に垂らしたような模様は、しばらくすると徐々に形を変え、文字を浮かび上がらせる。
「……」
浮き上がってきた文字に盛大に眉をひそめたソハヤの横で、大典太が顔色ひとつ声音ひとつ変えずに呟く。
「お題をこなせば出られるらしい。白い部屋、通称は出られない部屋、だそうだ」
言い終わるころには、鈍色の空間は真っ白な四角い部屋に変わっていた。

白い部屋、というのは数年前から話を聞くようになった、不可思議な現象のことである。
大典太が三日月から聞いた話はこうだ。
最近、出陣や万屋への遣いなどで門をくぐるときに、稀に白い部屋に出てしまうことがある。行きも帰りも関係なく、門をくぐると突然白い部屋にいるらしい。その部屋に飛ばされる人数は必ずふたり、もしくはそれ以上。刀剣同士が圧倒的に多いが、中には審神者と刀剣の組み合わせで飛ばされるものもいる。一人での脱出報告はないので、ふたり以上で門をくぐるのが発動条件のひとつだと考えられているらしい。飛ばされる刀はソハヤと大典太のように兄弟だったり、初めて部隊が一緒になったもの同士だったりと、共通点は見つからず関係性は様々で、そこは無作為のようだ。
その白い部屋には出口や入口のようなものは何もなく、完全密室である。大太刀が斬りつけても傷ひとつつけられず、霊力や審神者の呪符をぶつけても壊れることはない。最初は真っ白な箱のような空間だが、しばらくすると天井付近に文字が出てくる。それは部屋を出るための条件だ。文字が浮かぶと同時に、部屋がその条件をこなすために最適な場所へと変わる。その部屋で条件を満たせば扉が出現し、その扉をくぐれば最初の門の前に戻っているという。
部屋一面が白いので白い部屋と呼ばれているこの現象は、通称出られない部屋と呼ばれている。条件を満たさないと出られないからと審神者がつけたらしい。そんな現象が、ここ数ヶ月の間に流行り始めた。一年ほど前から報告回数が増え、最近では二週間に一組は必ず被害にあうようになり、審神者間や刀剣間での情報交換や交流時に話題にのぼるようになってきた。脱出方法が確立されているのだからと危機感は薄い。
政府も白い部屋の危険度は高くないとしていた。出される条件も、心理的な負担はあるにせよ物理的には難しいものではないので、危険度の高いものを優先するのは当然である。しかし審神者や刀剣の間で噂が広まったために、ここ一月ほどで本腰を入れての調査が行われるようになった。しかし、まず白い部屋に遭遇しないと調査ができないためあまり調査は進んでおらず、審神者や刀剣へは注意喚起しかできないらしい。
「……あの三日月の本丸は、政府所属の特殊な本丸らしい。演練等で出会う刀に、注意喚起をしていると言っていた。脅威はないという楽観視は危険だと」
「なるほどなぁ。脱出条件が簡単で、巻き込まれた全員が脱出してるから被害はないと思いがちだが、脱出できないやつは報告もできないから被害報告が上がらない、ってやつか」
今までも怪異や遡行軍の介入、不具合などで、たしかに門をくぐった形跡はあるのに、転送先に現れなかった刀や審神者がいるという話は聞いたことがある。そのうちの何割かはもしかしたらこの白い部屋の被害にあったものかもしれない。被害報告がないことにはそれを証明することはできないが、可能性は十分にある。
「この部屋に飛ばされてから霊力がざわざわしてんのも、そのせいかねぇ」
「おそらく」
「端末も圏外だし、中から連絡して救難信号を出すことも無理か」
「……条件を満たして脱出する他はないようだな」
「だなぁ」
ソハヤは部屋の天井付近へと視線を向け、もう一度文字を読む。浮かび上がった条件はひどく簡単なものだった。
「瓶の中身を飲み干せ、か」
視線を下にずらせば、簡素な机の上に四本の小さな瓶が置いてあった。条件に気を取られているうちに、いつの間にか出現していたものだ。瓶だけではなく、気がつけば鈍色の空間は白い部屋に変わっていて、導入は違ったがやはり噂の白い部屋だということが証明された。
白く囲われた部屋には様々な家具が置かれていて、特に変な気配はしなかったので、ソハヤと大典太はとりあえず部屋の中央にある大きなベッドへと座って状況を確認していた。
「絶対怪しい薬だろ、それ」
「だが、飲み干さねば脱出はできないぞ」
「そうなんだが」
怪しい部屋にある瓶の中身が怪しくないことはあるだろうか。顕現してから今までに聞いた話や見てきた書物から導き出される答えは、否、である。怪しい部屋にある怪しい瓶の中身は、だいたいが怪しいものだ。毒薬、とまではいかなくとも、劇薬である可能性はあるのだ。
とはいえ、飲み干すしか脱出できないのも事実である。脱出方法が明確にわかっているのならば、ここに留まり続けるのは愚策だ。早々に脱出すべきと頭では分かっていても、どうにも気乗りしなかった。
「……兄弟、なにか気になるのか?」
「いや、そういうわけじゃあないんだが。飲み干したとして、無事に帰れる保証はあるのかと考えてた」
「白い部屋であれば、帰れるだろう」
「救助を待つって手もあるぜ?」
このままここで救助が来るのを待つことも選択肢としてはある。演練会場の帰りに消えたのだ、きっと本丸から政府へ連絡が入り、探してくれるだろう。政府に見つけられるのかどうかは分からないし、この部屋と外の時間の流れが同じとも限らない。だが、刀剣男士はある程度であれば飲まず食わずでも生きていけるうえ、幸いにして己たちはどちらも待つのは得意だ。兄弟とであれば待つ時間も退屈ではない。

 

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