満ちて、落ちて、色づく サンプル

SAMPLE

 

 

「今回の調査対象はあやつか」
「そう。心臓が動いていない刀剣男士の調査が今回の任務だ」
本丸到着後、さっそく審神者や初期刀との話し合いがあった。任務内容の確認と現状の再確認、それから今後の調査流れについて。それらを話し合っていると昼餉の時間になり、燭台切と歌仙のもてなし料理をご馳走になってから、今日と明日世話になる客間へと案内された。
案内された客間の戸を閉めながら問うた三日月に振り返りもせずに応えた調査員は、床に下ろした鞄の中から書類のと携帯端末を取り出すと、書類を三日月へ渡し携帯端末を机の上に広げた。三日月は用意されていた座布団に座り、二枚しかない書類へと目を通す。三日月は政府所属ではあるものの機械よりも紙のほうが慣れているため、毎回この相方は三日月用に紙の書類を用意してくれる。そこには、今回の任務内容が書かれていた。
心臓が動いていない鶴丸国永の検査および判定、原因特定調査の一環としての本丸環境調査が今回の主な任務のようだ。
鶴丸国永が顕現してひと月経ってから担当に報告が上がってきた。審神者はひと月の間報告をあげずに隠し通していたらしい。流石に一ヶ月も個体差では終わらせられない異常をもった個体の報告をしていなかったことに担当者が激怒しつつも、本丸対策課の方へ調査依頼をかけたらしかった。
「また厄介な任務を受けたものだな」
先程触れた鶴丸の、ひやりとした肌を指先に思い出す。
これまでも体の一部や記憶が欠けていたり、定められている在り方とは別の在り方で顕現した男士を見てきたが、心臓が動いていない刀剣男士というものは初めて見た。刀剣男士という存在として異質すぎる男士の調査はきっと、一筋縄ではいかない。調査員もそれを分かっているからこそ、はぁとため息をつく。
「厄介じゃない任務なんかあるか」
「はは、それもそうか」
三日月は審神者を統括する時の政府に所属する刀剣で、本丸対策課調査部として勤務している。この本丸へと連れ立ってきた調査員とは、同僚であり相方だ。本丸で起こる様々な問題の中で本丸担当の担当職員に解決できないことを調査、判定し、適切な部署へと引き継ぐのがふたりの主な仕事である。
「それで、どうだった?」
「中々に手強そうだったな」
「そうか。あの鶴丸国永はお前からはどう見えた?」
今度はしっかりと答えろという圧を視線に乗せながら、調査員が視線を投げかけてきた。三日月は目を閉じて、鶴丸の手に触れた時に感じた付喪神の魂の形を思い出す。
「或れは、ちゃんと『鶴丸国永』であった。俺が知る鶴丸国永の神気と違いはない」
「刀剣男士だと思うか? 或れは」
「刀剣男士だったぞ。なにかおかしなものが混じっただとか、そういう気配はしなかった。刀剣男士として顕現しているのは間違いないが……」
「ないが?」
「……なにかがずれているように思えた。ずれていると言うのも正確ではないかもしれないが」
気配は確かに鶴丸国永のもので、神気も間違いなく己の知る鶴丸国永のものだった。刀剣男士か否かといわれれば、正しく刀剣男士として顕現されているといえよう。だが、あり得ない存在の仕方をしている。鶴丸に触れたとき、冷たいと思うと同時に、そう在ろうとしている★と感じた。それが刀剣男士として呼び出された現状とのずれを引き起こしている、とも。何故そうなっているのかは分からない。
「或れは生きているのに、死んでいる。死んでいるのに、生きている。人の肉体を持って顕現したものとしては、存在の仕方が大きく逸脱している」
「矛盾した存在、か。危うい存在だな」
「あの状態で存在していられるのが奇跡のようなものだ」
鶴丸から強く感じたのは、冷たい、死の気配だった。彼の刀の存在は、顕現して実態を持っていながらも大分と死に傾いている。実体を持っている方が不思議なほどだった。
なぜ顕現していられるのか。単純に興味を惹かれて、触れた。
「そうか……」
ふぅーと、調査員が細く息を吐いた。
「瑕疵か亜種か、どちらだと思う?」
「心臓が動いていないことを亜種とは呼べないのではないか?」
「……まぁそうだな」
「分かってて聞くのはおぬしの悪い癖だな。これはおぬしの担当案件ゆえ、引き受けたのだろう?」
調査員と三日月が所属する部署は刀剣男士の個体調査を主な仕事としている。
刀剣男士は、審神者が励起した付喪神へ人の肉体を与えることによって現世に顕現する。通常は降りてきた付喪神ままに姿を象るが、極稀に顕現時に不具合が起こったり審神者の性格や霊力によって、通常とは違った亜種と呼ばれる個体が顕現することがあった。
もともと、刀剣男士は審神者の霊力を受けて顕現するため、励起した審神者によって異なる部分がでてくることはある。程度の差はあるが、性格が違うというものから髪の色や性別が違っているもの、時には特殊な能力を持ったものもいる。そういった、本来の刀剣男士とは違うものを持って顕現した個体のことを亜種個体と呼ぶ。
三日月が知っている鶴丸国永は、驚きを求め戦闘を好み、飄々とした性格でかなり明るい。元主を同じくするものたちをまとめ、積極的に他刀へと関わっていく。時には問題を起こす個体もいるが、基本的には周りを巻き込んで楽しそうにしている個体が多い。
だが、この本丸の鶴丸国永にはそのような性格の欠片も見られなかった。表情も動かさず話にも加わらず、鶴丸から陽気さを剥ぎ取ってしまえばこうなるのか、という見本のようだった。
驚きを求めない、笑わない、喋らない、という点のみを考えるのならば亜種に該当するだろう。けれど鶴丸の場合はそれ以前に心臓が止まっていて、自然の摂理に反して存在をしている。心臓が動いていないのは初めてだが、亜種の中でも大きく心身に欠落がある個体はく瑕疵個体と呼ばれ、区別されていた。
「鶴丸は瑕疵個体だな」
「刀剣男士が感じる第一印象や直感は第六感に近いからな。そして刀剣男士の第六感は当たる。付喪神に問題がないとしたら瑕疵個体で間違いないだろうな」
「最初からそうと結論付けていただろうに」
「一応、な」
刀剣男士の個体調査の中でも、調査員が担当するのは瑕疵個体の調査だ。亜種個体が生まれてくる原因はここ数年で解析が進んでいるが、瑕疵個体の調査はあまり進んでいない。なぜ心身に欠落があるのか、なぜ通常個体と大きく異なるのか。それらの調査を担当するのが調査員の仕事であり、その調査員と仮契約をしている三日月の仕事でもあった。
「しかし、最初から瑕疵個体と思っていたのなら、調査内容は事前に言ってくれてもよかったのではないか?」
本来ならば所属する班の長から説明を受けて本丸に派遣されるのだが、今日はなんの説明もなくいきなり本丸につれてこられた。三日月の仮の主である調査員は、時折こうして三日月になんの説明もなく任務に連れてくることがある。
「心臓が動いていない刀剣男士というのは初めての事例だから、お前の第一印象を聞きたかったんだ」
「分からぬでもないが、仮にも主である相方につれなくされるのは堪えるぞ」
本丸対策課ではその仕事内容から、人間の職員と政府所属の刀剣がふたり一組となって任務を遂行することになっている。そして、退職など何らかの事情で関係が解消されるまでの間、刀剣は職員を主として契約する。主とはいうものの本丸における審神者と刀剣男士のそれではなく、協力関係を築くための仮初のものだ。
刀剣は主がいることで刀剣男士として在ることができ、より力を発揮できる。そして職員は刀剣にその身を優先的に守ってもらうことが出来る。契約はあくまで対等であり、任務はふたりで協力して行わねばならない。
だというのに、三日月の仮の主であり仕事の相方である調査員は、どうにも三日月への対応が雑だ。主従の契約をしてから付き合いも長いので、そのような扱いでも三日月としては特に問題はないのだが、特殊任務や急な任務のときに内容を告げずに連れて行かれるのには少々思うところもある。だがこうして小言を言ってみても、聞いてくれた試しはない。
「ああ、そうだ、三日月。触れてみて、どうだった?」
急に話が変わる。今回もやはり、聞き入れる気はないようだ。
「そうだな……」
三日月は己が手へと視線を落とし、あの時の冷たい体温を思い浮かべる。襦袢と皮手袋を通していたが、確かに感じた冷たさ。それと同時に、本来なら三日月に伝わってくるものがあるはずだった。だが。
「分からなかったのだ」
「分からない……? お前がか?」
「ああ、分からなかった」
「制御に失敗した、というわけでもなく?」
顔を上げ、調査員に触れた。そうして伝わってきたものに、少しだけ笑う。
「煙草が欲しくとも、課長から禁止令が出てるからなぁ。煙草はないが、これで我慢してくれ」
「……」
最近お気に入りの飴を取り出すと、調査員の前に置く。不愉快そうに眉をひそめた調査員は、知ってるよ、と三日月の手を振り払う。
「いちいち力を試すな。指摘されれば、煙草が欲しくなるだろう」
「それはすまぬな」
はははと笑う三日月に調査員は一つため息をつくと、飴を口へと放り込んだ。
「……刀剣男士も、人の身を持ち顕現し、己の意志を持てば欲が出てくる。負であれ正であれ、善であれ悪であれ、なにかしら持っているはずだ。無意識の欲求まで引き出す三日月の能力でも分からないなら、心臓と同じで欲もないのかもな」
三日月は、触れたものが持つ欲求、望むものを感じることができる。触れなくとも判ってしまうのだが、触れればより確実に相手が何を欲しているのかを理解できる。欲しい言葉を適切な時にかけたり、困っているものが助けてほしい事をしてあげたりと、小さなものから大きなものまで、対象が欲しいものを読み取り与えるのが三日月の能力だった。人でも、刀剣男士でも、付喪神でも、物でさえ。
いわゆる特殊能力というものを、三日月は持っていた。亜種個体、瑕疵個体を調査している側ではあるが、三日月自身もその一振りで特異体として区別されている。
三日月の能力は強力で、欲求への自覚があろうがなかろうが、自我があろうがなかろうが、奥底に秘めた本心を暴き出してしまう程だ。普段は抑えてはいるが、意図的に触れることで力を使うことができる。その能力をしても、触れた対象の欲しているものが判らなかったというのは、初めてのことである。心を閉ざしていようが自我が壊れていようが判るものが、判らない。
調査員の言うように心臓がない弊害なのかもしれないが、そうではないと三日月は思う。
「否。或れは先も述べたように、ちゃんと鶴丸国永という刀剣男士だ。欲や心がないわけではないだろう」
それにあれは、と言いかけて、三日月は口を噤む。
鶴丸の欲は、正確には判らないのではない。靄のようなものがかかって読み取れなかったが、けれど鶴丸は確かになにかの欲を持っている。それが何かは分からないが、欲しいと思うもの、求めているものがあることは間違いがない。だのにそれを見せないように、奥底へと隠している。三日月の能力が及ばない、遠くへと。或いは、鶴丸に感じたずれが影響しているのか。
いずれにせよ、或れは自身でその欲を遠ざけている。そしてそれが、この状態を引き起こしているのではないか。三日月は、そのような印象を受けた。
そのことを調査員に話すかどうか逡巡したが、瑕疵個体の調査および判定にはあまり関係がない。言わずともよい、と結論づけて、三日月はそのまま黙り込む。
じっと三日月を見つめてくる調査員は、三日月が言いかけてやめたことに気がついているのかもしれない。けれど何も追求してこなかったところを見ると、三日月の判断に任せたようだ。こういうところで、付き合いの長さを思う。
「さて。とりあえず任務の説明と現状の整理をしようか」
調査員が言うと、机の上に電子の画面が現れる。
鶴丸は顕現時から心臓が動いていなかったこと、それでも生命活動をしていること。自発呼吸をしていること。各能力値の異常はないこと、霊気・審神者の神気の巡りともに問題はないこと。刀剣男士としての顕現には問題がないこと、けれど本来ならあるはずの任務に対しての使命感や戦に対して興味がないこと。通常の鶴丸とは違う大人しい性格で、彼の刀の特徴ともいえる驚きに対して興味がないこと。睡眠はとるが固形物は食べないこと。古馴染みの刀や元主に関する記憶がないこと。心臓が動いていないことを考慮し出陣や内番を免除していること。ひと月様子を見たが心臓が動き出すことはなかったこと。
す、と画面が切り替わる。二枚目には、顕現時の様子やこんのすけによる簡易診察の結果が書かれていた。各種能力値は他の同位体と変わらず、鶴丸国永が確かに刀剣男士鶴丸国永として顕現していることを示している。
基本的な数値が並ぶ中、異様に低い体温が目にとまる。人の身体の体温についてはあまり詳しくはないが、それでもその数字は異様だと分かるくらいには低い。指先に残る鶴丸のひやりとした体温は、まるで熱のない物のような、そんな冷たさだった。数値に見られる異常は体温くらいしかなく、逆にそれが異様であった。
「通常、人は心臓が止まれば死ぬ。動いていなければ死んでいるんだ。それは人の身体を得た刀剣男士も例外じゃない」
「だが、鶴丸は生きていたなぁ」
「そう。この本丸の鶴丸国永は、心臓が止まっているにも関わらず生命活動を行っている。意思を持って動いている。その状態を生きていると呼ぶのなら、鶴丸国永は確かに生きている」
鶴丸の手首、首筋、胸に当てた手のひらには、なんの音も、動きも伝わってこなかった。心臓が刻む音が、何一つ聞こえなかった。
けれど、鶴丸は自分の意志で動き、三日月の手を振りほどいた。口数は少ないが、話すことも出来る。それを生きていると呼ばずしてなんと呼ぶのか。だが心臓は止まっていて、止まっているならば死んでいるのと同じである。
「血は流れているのだろうか。斬りつけて試してみてもよいか?」
「やめておけ、審神者様に折られるぞ。ただでさえ政府不信の気があるんだ、あまり刺激するな」
「あいわかった」
好奇心で思いついたことをふと口に出してみたが、当たり前に却下されてしまう。元よりそれほど本気で言っているわけではないので、呆れたような調査員の視線に大人しく引き下がった。
「話を聞いた限りでは鍛刀時や顕現時に手順を間違えたわけでもないようだ。肉体形成の失敗もしていない。そもそも肉体形成の時点で失敗していたら顕現できない。感じ取れる範囲でだが、鶴丸国永の神気にも審神者様の霊力の巡りにも問題はない」
「おぬしがそう言うのであれば、本当に問題はなさそうだな」
本丸対策課に所属する職員には、審神者に近しい力がある。だからこそ刀と契約が出来るのだが、その力は審神者として着任できるほどのものでもない。だが刀剣男士の霊力の状態などは分かるらしく、穢れなどにも敏感だ。三日月の相方である調査員ももちろん、その力を持っている。その調査員が言うのであれば、本当に問題はないのだろう。
「あとは、降りた付喪神そのものに問題があるか、だが……」
昔、顕現する際、核と言える付喪神が何かしらの妨害にあい、壊れた状態で顕現した刀を見たことがある。調べたところ、呪術が原因で顕現が失敗したことが判明し、その刀は刀解となった。このときは呪術だったが、他にも様々な要因で付喪神に瑕疵が起こり、存在が歪むことがある。
だが鶴丸は違うと、先程三日月と調査員で論じたばかりである。どういう理屈なんだと呟きながら、調査員の目線は書類の文字を追う。難しい顔はそのままだが、現象への興味がそうさせているのだろう。きっと頭の中で様々な仮説を立てているはずだ。
とにかく、と調査員が思考を切り替えるように呟く。
「今回は、判断のための情報を集めることが目的だ。鶴丸国永の亜種および瑕疵の判定、その原因特定調査のための本丸調査。やることは審神者様及び刀剣男士への聴取、鶴丸の検査と本丸での様子の確認。三日月には刀剣男士の聴取と本丸の調査をしてもらいたい」
「あいわかった」
「原因も特定できればいいが、難しいだろうな。前例はないが、心臓が止まっていても生きていることから考えるに、原因は物理的なものではないだろう。呪術、怪異、あるいはそれに類するもの。もしくはこの本丸環境の綻びか……。二日間では探りきれないだろうし、本丸に原因があるとも限らない」
「うむ。まぁ、いつものように俺達にできることをやるだけだ」
「そうだな。どうあれ、バグを見つけ修正するのが私達の仕事だ」
調査資料を片付け始めた調査員に、任務の打ち合わせはこれで終了だと知る。資料を片付けられては、三日月にやることはない。立ち上がって、締め切られた障子戸を開けた。空高くに登った太陽に照らされ、庭は穏やかに輝いている。
この本丸はどこにでもある、普通の本丸だ。気の流れも清浄で、怪しい気配などは微塵も感じない。ただ一つ、死んでいるのに生きている鶴丸国永を除いて。
手を取ったときの体温と、感情の削げ落ちた顔を思い出す。そして伝わってきた様々なもの。
三日月にとって鶴丸は、多少なりとも関わりのある刀だ。だからだろうか、どうにかしてやりたいと思うのは。
「死んでいるのか生きているのか……死にたいのか、生きたいのか。……さて」
どちらであろうなぁ。
小さく呟いた声は、風に消えた。

 

 

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