発行物紹介

introduction

いずむつ

成人向

縋る手の先

血が苦手な陸奥守と縋って欲しい和泉守の話。
基本シリアス風味、最後ハピエン甘めです。

※内番ボイス追加前に考えたお話です。
※長曽祢虎徹未実装
※土佐弁はコンバーターなどに頼っているためふんわりです。
※いろいろとゆるふわです

イベント頒布価格800円

A5 / 96P

2015年5月3日発行

現在頒布中

縋る手の先 サンプル

SAMPLE

陸奥守がそれに気がついたのは、本丸に刀剣の数が増えてきてそろそろ第二部隊も組めそうだと話していた頃だった。
 歴史修正主義者が歴史を修正し改変しようとしているため、その対抗手段として刀剣の付喪神が選ばれた。刀剣男士の役目は、歴史改変を防ぐこと、または歴史改変を正すこと。それを目的として、資材を用いて鍛刀した依代に、審神者が呼び出した刀剣の付喪神を降ろし、戦力を増やしていく。
 陸奥守は、その中でも一番初期に本丸に呼ばれた刀だった。敵と戦うことを目的として呼ばれてはいたが、初めの頃は審神者の力が未だ弱く呼び出せる付喪神も短刀が多かったため、戦に出陣するよりも、人の体を得て生活する為に必要なことをこなしている方が多かった。短刀たちをまとめ江戸末期の時代へ出陣を繰り返してはいたが、どうにも戦力不足は否めず、なかなか敵を倒し先へと進むことが出来なかった。
 そんな中で本丸初となる太刀である同田貫正国と、鍛刀が難しいとされていた太刀の鶴丸国永を得て、二振りを含めた部隊は一気に江戸時代末期に出現する遡行軍を倒していった。
 そして、その時代最大の戦力を誇るであろう遡行軍の本陣を見つけたのだ。
 この頃になれば完璧とは言えずとも連携が取れるようになり、敵を倒すのも早くなってきた。無傷で勝つことも多くなり、短刀たちと共に中傷やかすり傷を負って帰っていた頃が懐かしい。最後の陣へ近づくにつれ敵は強くなっていったが、それと同じく自分たちも強くなっていった。
 だから、油断をした。
 敵を侮っていたわけではない。だが心のどこかに、この編成ならば大丈夫だろうという慢心があったことは事実だ。
 戦場で油断や慢心をすれば、それは即ち命取りになる。気をつけていたつもりではあったが、それを、身を持って知ることになった。
 流石に最後の陣を守る部隊だけあり、その強さは今までの敵とは桁違いだった。鶴丸と胴田貫が陣を成す敵を切り崩すように中央の打刀へと向かい、その左右を固める短刀二体を陸奥守とにっかり青江が、さらにその横にいる脇差を今剣と秋田藤四郎がそれぞれ攻撃する。短刀達は間合いが狭いため、陸奥守が脇差を銃で牽制して懐に潜り込む隙を作るのも忘れない。
 陸奥守は、刀の付喪神でありながら銃を用いて戦っていた。それ自体を悪いとも思わないし咎められたこともない。戦では牽制攻撃も出来、致命傷にも成り得る傷を負わせることが出来る。従えることの出来る兵に弓兵や銃兵がいるのだ、付喪神が使って悪いというわけではないだろうと、顕現した時より刀と共に携えている銃を用いている。
 鶴丸と胴田貫が見事な連携で打刀に攻撃を仕掛けているのを横目に、陸奥守も銃を構えた。戦の中では敵の陣形に対して様々な戦法をとるが、この戦法で勝てなかったことはない。陸奥守が己と相対していた敵の眉間を銃で打ち抜くと、青白い身体が傾き倒れ、まるで湯が沸騰するかのようにぼこぼこと彼方此方が盛り上がったと思えば、塵と化していく。ぎらりと光を放っていた目がさらと崩れると、ぱきり、と硬質な音が響いた。戦の喧騒の中にあってはっきりと陸奥守の耳に届いたそれは、まるで悲鳴のようだと思う。唯一残る真赤な血は涙であり、漂う鉄錆の匂いは、未練だ。鼻を掠める血臭に、身体を震わせる。
 ともあれ、これで一体。残りの敵は、と戦場を見回そうとしたと同時、名を叫ばれた。身体を翻した先、今まで秋田と今剣が対峙していた脇差がこちらへと向かってきているのが見える。秋田と今剣は脇差にやられたか、怪我をした状態で地に伏していた。咄嗟に飛び退くが、脇差が付き出した刀の切っ先が腕を裂く。走った鋭い痛みに眉をひそめるも、すぐに気を取り直して敵を追う。
 銃を構えるが、照準を合わせるよりも脇差が迫りくる速度が早かった。ちぃ、と舌打ちを一つして真正面から飛び込んでくる切っ先を避けると、素早く己自身である刀を鞘から抜き、通り過ぎた先で反転し切り込んできた脇差の刀を受け止めた。脇差の勢いがそのまま刀身に響き、柄を伝って手がしびれる。
「わしに抜かせるとは、やるのぉっ……!」
 打ち合い、刀身に押し付けられる力を利用して背後へと飛び退き距離を開け、出来た間合いで切り込んだ。ざ、と手に肉を裂く感触が伝わる。遠慮無く切り込んだ刀は致命傷となる傷を敵の身体へと刻み、けれど脇差は最後のあがきとばかりに陸奥守へと襲いかかった。上段から来る脇差は、防ぐ刀諸共腕を切り落とそうとするように、大きく振りかぶられる。
 防ぐことは出来ない。ならば。
 陸奥守は開いた胴へと向かって、己が刀を突き上げる。ぐ、食い込む肉の抵抗を感じながら押し込むと、脇差の動きが止まった。刀は心臓を真直ぐ貫き、脇差はくぐもった声を上げる。脇差の重さに刀が負ける前に勢い良く抜き取れば、温かなものが髪と顔にかかる。びくりと大きく痙攣した身体が地へと落ちていく。
 消えつつある青い目が、その敵の体が、赤く染まる。吐き出した息が、喉に詰まった。心臓の音が激しく、耳に痛い。
 風が運ばすとも漂う血臭とその生暖かさに、敵の身体が溶けていく光景を塗りつぶすかのように誰かの姿が重なる。
 ひ、と喉が引きつった。息が出来ないほどの頭痛に襲われる。目の前は真赤に染まり、最早自分が何を見ているかなど考えることも出来なかった。
「陸奥守!」
 誰かの叫び声が聞こえるよりも早く、陸奥守の身体に衝撃が走る。地面に倒れたのだとも気づくことはできず、ただ、圧倒的な恐怖と締め付ける悲哀とに身体を震わせ、息の出来ない苦しさと襲い来る頭痛に混乱する。
 苦しい。悲しい。辛い。熱い。
 何か、誰か、と伸ばした手の先に、ゆらりと倒れ伏したものがあった。
 見開いた目に映るのは、頭から血を流した、男。その血は赤く、温かく、鉄錆の匂いがした。
 その男の名を思い出したと同時、全ての感情が衝撃となって身体を襲う。焼き溶かされるような熱さに、刹那もがき。そこで全てが闇に飲まれた。
 伸ばした手は、届かないまま。

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いずむつ

成人向

縋る手の先

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