発行物紹介

introduction

いずむつ

秘密の約束

函館に行く和泉守と陸奥守の約束のお話。
シリアス風味甘め、だと思いたい。
既刊「縋る手の先」の後のお話。これだけでも読めるとは思います。
※オリジナル審神者、本丸捏造設定多々あり

イベント頒布価格600円

A5 / 64P

2015年6月28日発行

頒布終了しました

秘密の約束 サンプル

SAMPLE

 地面に仰向けに倒れたまま、息を整えようと呼吸を繰り返す。早く戻らなければ、部隊の皆が心配するだろう。
 目を瞑れば、一振りの刀がまぶたの裏に浮かんでくる。最近関係が変わったその方が、怒りとも心配ともつかぬ顔でこちらを見ていた。ふと、身体の強張りが解けて僅かに呼吸が楽になる。思い出すだけで楽になるとは、随分と身体が学んだものだと小さく口元で笑みを浮かべた。
「笑ってるなんて、余裕じゃねえか」
 草を踏む音と共に降ってきた言葉に、陸奥守はゆるりと目を開けた。そこには今まさに思い浮かべていた刀がいて、おお、と意味のない感嘆を漏らす。
「こんな奥まで追い込まれやがって。探したぜ」
 僅かに苛立ちを含んだ声で言いながら顔を覗きこんでくるのは、同じ部隊で出陣をしていた和泉守だった。揺れる視界の中でしかめっ面をしたその顔を捉えると、安堵のようなものが胸に広がり、苦しさが和らいだ。少しずつ整っていく呼吸を更に整えようと、深呼吸を繰り返す。
「……よぉここが判ったの」
「銃声が聞こえてきたら誰だって判るだろ」
 和泉守は陸奥守を見下ろしながら、視線を頭からつま先まで往復させると、大きな怪我はねえなと呟いた。木に打ち付けた背中が痛むが、これくらいであれば軽傷の内だ。陸奥守はそれに頷くことで応え、真偽を確かめるように合わせられた水色の瞳に苦笑し、視界の端に入った浅葱色の羽織へと手を伸ばす。
「返り血が酷いな」
「はは。ちっくと読み間違えてしもうた」
 顔にかかった血を羽織で乱雑に拭われた。肌が擦れる痛みに抗議しようと口を開くが、それよりも先に和泉守がひたと陸奥守を見据えて言う。
「戻るぞ」
 言うが早いか、和泉守は倒れたままの陸奥守を抱き上げた。
「おお?」
 急激に変わった視界に思わず和泉守の首へと手を回し、縋りつく。そうでもしなければ落ちてしまいそうな不安定な体勢のまま、和泉守は歩き出した。まさかこのまま移動するのかと、慌てて身体を離そうとする。
「あ、歩けるき、下ろしとおせ!」
「落とされたくなきゃ、大人しくしてろ」
 陸奥守が動いた為に歩みを止めた和泉守は、陸奥守を一瞥するとそれだけを告げ、再び歩き出す。離してくれる気はないのだと悟って、諦めの気持ちで首に回した手に力を込め、身体の力を抜いた。
 和泉守が来たことによって返り血を浴びた苦しさは和らいでいたが、まだ僅かにくらりと視界が揺れる。歩けるだろうとは思うが、ここはされるままにしておくのが得策だ。縋るばかりであるのもどうかと思うが、縋らなければいけないのが現状である。
 ちらと、前を向いている和泉守の顔を窺う。今しがた一瞬だけ向けられた刺さるような視線の中に、心配の色が見え隠れしていたのを、陸奥守ははっきりと捉えていた。水色の瞳に宿る憂慮に申し訳なく思うも、身の裡に広がる温かさがくすぐったかった。
「心配性じゃのお」
「誰が心配かけさせてると思ってんだ」
 生まれた気恥ずかしさを誤魔化すように呟いた言葉に、僅かに苛立ちを含む声で和泉守が返す。
「わしか」
「判ってんならもう少し大人しくしてろ」
「敵が許してくれんき、無理な話ぜよ」
 敵は徐々に強くなってきている。遡ることのできる時代の中で一番古い時代、鎌倉の時代へと現れる敵は強敵と言っても差し支えない強さだった。一撃で仕留めることはもはや出来ず、乱戦になることも多い。
 それでも敵を殲滅できるのは、ここに来るまでに鍛え磨き上げてきた、各個の力があるからだ。錬度ももう随分と上がり、苦戦はするものの未だ負けたことはない。負ければ、それは即ち歴史修正を許してしまうことになることを知っている為、負けるわけにはいかなかった。
 和泉守が歩くごとに戦場へと近づき、瘴気と血の臭いが強くなっていく。未だ慣れぬ戦場に漂う死の臭いに眉をしかめれば、それを目ざとく見つけた和泉守が、安心させようとしてか身体を抱く力を強めた。
 太刀と打刀という刀種の違いによる体格差と体力差があるとはいえ、和泉守は一人の男を抱き上げながらもふらつくことなくしっかりとした足取りで進んでいく。
 こうして横抱きで運ばれるのも何度目だろうか。気を失っている時に運ばれたことは多くあるが、今のように意識がはっきりしている時に運ばれるのは、ほぼ初めてではないだろうかと気づく。
 陸奥守が血が苦手で、血の臭いを嗅ぐと具合が悪くなることは、共に出陣を繰り返している第一部隊の皆は知っている事実ではある。だが、気を失っているならいざしらず、こうして話を出来る程度には回復している状態で横抱きのまま皆の前に行くのは、酷く恥ずかしい。
「和泉守。もうえいき、下ろしとおせ。あとは自分で歩くきに」
 慌てて離した手に、明らかに和泉守がむっとする。
「やなこった」
 言って、暴れないようにか、更に強く抱き抱えられた。そもそも膝を掬われているこの体勢では身体に上手く力が入らず、暴れることも不可能だ。
「あと少しで着くから、大人しくしてろ」
 和泉守の言葉に前を向けば、確かに木々の間から開けた場所が見える。そこが敵との開戦地点であることは、部隊を率いていた陸奥守には聞かずとも判っていた。
「和泉守!」
「煩え、黙ってろ」
 怒鳴らないことが不思議な程に怒気を孕む声と共に睨めつけられたと同時、背に回されていた腕に上半身を引き寄せられる。変に腰をひねる体勢になって、慌てて再度首に腕を回した。
「おんしゃ、下ろせ言うちゅうんが聞こえんがか!」
「お前こそ、黙ってろってのが聞こえねえのか」
 離してほしいとそればかりを考えていた為か、陸奥守は己が今どこに居るのかを一瞬忘れていた。
「おーおー、仲がいいねぇお二人さん」
「喧嘩するほど仲がいいと、俗世では言いますね」
「ははは、違いない」
 だから、突然聞こえてきた鶴丸の揶揄する声と、得心したような太郎太刀の声に酷く驚き、身体を跳ねさせた。ちらりと見やれば、そこに居た第一部隊の皆の視線が、己達に集まっている。途端、恥ずかしさに顔に熱がのぼり、思わず和泉守の肩口に顔を埋めた。

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