秘密の約束 サンプル
SAMPLE
「どこがいいの、あんなの」
興味のなさそうな声色で聞かれて、陸奥守は一つ瞬いた後、目の前に居る大和守の顔をじっと見た。その横では興味がありますというような顔で、加州が陸奥守の顔を見上げている。
何故このような話をしているのかと、陸奥守はもう一度瞬きをした。
本丸の一角にある広大な畑に続く庭で、三人は話をしていた。つい半刻ほど前に主に呼び出されて部屋で話をした後、陸奥守は大和守と加州を呼んできて欲しいと頼まれた。二人は今日は内番で畑仕事の当番となっており、こうして畑に続く庭に面した縁側へ来てみれば、丁度収穫を終えたのか大和守と加州の姿が見えた。
「大和守、加州。探しよったが」
「あれ、陸奥守じゃん」
声をかければ、二人共がこちらを見る。籠に入った収穫物を落とさないように縁側へ近づいてきながら、大和守が小さく首を傾げた。
「珍しいね、一人?」
「おん? 一人やけんど」
「兼定は一緒じゃないんだ?」
籠を下ろしながら問われた言葉の意図が判らず、同じように首を傾げた陸奥守に、大和守の問いを言い直した加州がきょろりと辺りを見回す。この二人の言う兼定は一人しかおらず、けれど尚更その問いの意味がわからなくなって、うん?と逆方向へと首を捻った。
「どういてそこで和泉守が出てくるんじゃ」
主に呼び出されたのは己一人で、和泉守は縁側に置き去りにしてきている。それを知るわけでもないのに、何故、和泉守と一緒ではないのかと問われたのか、それが判らない。
「だってさー、あんたたちが出陣した後って、いつも一緒にいるじゃん」
「最近は特にそうだよね」
言われて思い返してみれば、確かに出陣の翌日は共にいることが多い。今日も主に呼び出される前までは、朝からずっと一緒に居た。一緒に居るというよりは、和泉守が側から離れないのだが、傍から見れは同じだろう。
「怪しいよねー」
「怪しいっていうか、恋仲なんじゃないの」
恋仲という言葉に、僅かに肩が揺れた。和泉守と陸奥守の接点は多く、同じ第一部隊に属し喧嘩仲間として口喧嘩をする回数も多く、共に居ることの不自然さは無い。共に居るからといって恋仲であるなど考えるものは居ないと思っていたのに、何故その言葉が出てくるのか、陸奥守は内心どきりとした。
この二人が己達の関係が変わったことを目ざとく感じ取ったのか、ただ単にそういう思考をしているだけなのか。
ねぇ、と促されるように問われ、積極的に己達の関係を広めたいわけでもない陸奥守は、曖昧に笑うだけに留める。だが、それを肯定の意と取ったらしい加州は、面白いものでも見つけたかのように顔を輝かせる。
「へぇ、陸奥守と兼定がねぇ」
やはり、すぐに恋仲と結びつけるような思考なだけのようだ。
「あ、やっぱりそうなんだ」
対する大和守は加州ほど興味を持ったような感じでもなく、ただ事実の認識として受け取ったようだ。
「いつから付き合ってんの?」
「付き合っちゃーせん」
「いーじゃん、教えてくれても。この期に及んでしらばっくれるなんて、往生際が悪いよ」
「別に付き合っててもいいんじゃない? 刀が付き合っちゃ駄目っていう法も決まりもないし」
大和守のその言い回しは己がよく使うもので、参ったと苦笑する。
「はは、一本取られたのぉ」
そう笑う陸奥守に対して大和守は「どこがいいの、あんなの」と告げたのだ。あんなの、と言われた和泉守に多少同情するものの、彼らの中での和泉守の評価はそんなものなのだろう。
「それで? 馴れ初めは?」
もう二人の間では己と和泉守は恋仲であるとの認識らしい。ぐいと興味深そうに聞いてくる加州を宥めながら、己はそういう話をするために加州と大和守を探していたのではないと、二人を探していた用件を口にする。
「おんしら、畑仕事はもう終わりかえ?」
「あー、誤魔化すつもり?」
「誤魔化すらぁて、ほがなことしやーせん。おんしらを主が呼んでたき、探しよったぜよ」
「主が!? そういうことは早く言ってよね!」
加州は慌てて身を引いて、もう、と怒りながらぱたぱたと内番服についた土や汚れを落とし始める。そんな加州を横目で見ながら、そんなことしても変わらないよと大和守は言った。