青に揺蕩い、赤に消え 上 サンプル

SAMPLE

 審神者の執務室は、中庭の景色が見渡せる一番いい場所にある。今はすでに薄暗くて綺麗だという中庭の様子は判らないが、その中庭を眺めるような位置に審神者が座り、やけに立派な文机を挟んで座布団が二つ置かれていた。一瞬どうして良いものか戸惑ったが、陸奥守がなんの迷いもなく座布団に座ったのを見て和泉守も開いたもう一つの座布団に座る。
「ん? 呼ばれたのはオレだけじゃねえのか」
 今気づいたと、和泉守は隣に座る陸奥守を見る。あまりにも自然に座ったために何の疑問も抱かなかったが、よく考えれば呼ばれたのは己だけではなかったのか。
「おん? わしも呼ばれちょったんじゃ」
「うん、陸奥守にも話を聞いてもらおうと思って」
「なんで」
「教育係だから?」
 何故か首を傾げて聞き返してくる審神者に、「は?」と短い疑問符が漏れて、隣からは「教育係やきの」と審神者に対しての肯定が返る。そういえば歌仙がそんなことを言っていた気がすると、あれからの本丸の案内と刀たちとの面会にすっかりと忘れていたことを思い出す。
「ということで、和泉守にはしばらく陸奥守の下についてもらうから」
 なにが「ということで」なのかは判らないが、歌仙の言うとおりであるのならば陸奥守に色々と教わるのが通例のようであるので、決定事項らしいそれに逆らうことは出来ないだろう。判ったと頷く和泉守に審神者はほっとした顔を見せる。
「よかったー。これで他の刀に変えてくれって言われたらどうしようかと思った」
 流石に顕現してすぐに喧嘩にも満たないような言い合いをしたところを見ていたためか、和泉守が断るかもしれないと懸念をしていたらしい。教育係を変えてくれと言ったところで、堀川などに変わられては堪ったものではない。今日一日で判ったが、堀川は和泉守の助手だのを名乗りながら、それほど和泉守に甘くはなかった。丁寧に教えてくれるのだが、同時に手厳しいところもある。それならばまだ、陸奥守との方が楽だろうと思う。
「わしじゃのうても別にかまんろう」
「だって一番判ってるじゃん、教え方。ずっと任せっぱなしだし、今更変えても陸奥守ほどうまく教えられないし」
「買いかぶり過ぎじゃあ。けんど、そうまで言われたち、やらんわけにゃいかんの。まぁ任せちょき、こん刀を立派にしちゃるきの!」
「立派ってなんだよ」
 陸奥守は何がそんなに面白いのか、がははと声を上げて笑う。
「そういうことだから、陸奥守に色々教えてもらって。内番も遠征も和泉守が慣れるまでは同じ部隊にしておくから、ちゃんと内番もやること」
 露骨に顔をしかめてしまって、そういう所歌仙と似てるよねと妙に感心されたように言われて、和泉守はばつの悪さに口を噤む。隣で笑われたような気配がして横目で伺えば、陸奥守が声を抑えて笑っていた。睨めつけると、謝っているつもりなのだろうか軽く片手を上げる。ただしその顔はまだ笑っていた。
「もー、二人ともやめろよ。一応さ、主の前だからね? 判ってる?」
「おんおん、判っちゅうよ」
「オレを呼んだんだから、あんたが主だろ?」
 陸奥守が笑って頷き、和泉守が首を傾げたのを見て、審神者ははぁとため息を吐く。
「そりゃあ、姉ちゃんみたいにはいかないけどさぁ、俺だって」
「ほれほれ、そがぁにぶつくさ言うちょらんと、しゃんしゃんいくぜよ」
 ぶつぶつと呟く審神者の言葉を遮って、陸奥守が先を促す。遮られた審神者はまだ不満が残る顔ではあったが、じゃあ次、と和泉守へと向き直った。言葉一つで凹みやすい人間ならば、陸奥守には色々と遊ばれているに違いないと、その姿を見て思う。
「和泉守。一応頭の中に情報とか色々叩き込んであるんだけど、どう、違和感はない?」
「おう。今のところは全く問題はないぜ」
「なら大丈夫かな。頭の中に入ってるから色々と説明は省略するけど、これから内番や遠征や演練なんかも始めるから、なんか違和感あったらすぐに言ってよ。陸奥守も何か気づいたら報告して」
「おん」
 じゃあ次、と言いながら審神者が手元の紙をめくり上げる。
「その情報の確認なんだけど、呼びだされた目的や役目っていうのも判る?」
「歴史修正主義者たちから正しい歴史を守ることだろ?」
「そう。やつらは歴史に干渉して、あったはずの出来事をなかったことに、なかったはずの出来事をあったことにしようとしてる。……死ぬべき人を生かしたり、生きるべき人を殺したり。そして歴史を改変しようとしてる。それを阻止するために、刀剣男士と呼ばれる刀の付喪神を呼び出している」
 それは承知していると伝えるために、こちらの様子を窺っている審神者に向かって小さく頷く。
「前の主、和泉守の場合だと土方歳三に関して、色々と辛いことも強いることになるけど、力を貸して欲しいんだ」
 やや不安げな面持ちながらこちらを強く真っ直ぐに見つめてくる目に、なかなかどうしていい目をするじゃねえかと口角を上げる。こんな審神者で大丈夫かと思っていたが、あやかしか神かも判らぬような付喪神という存在に対し臆することがないということは、それだけで十分審神者としての素質はある。
「今更だな」
「ほんとは最初に聞いておくことなんだけど、陸奥守が乱入してきたり遠征部隊の出発と被っちゃったからさ」
「わしのせいにするがか?」
「あの時間があったらちょっとは説明できたっての。で、和泉守の返事は?」
 返事もなにも、己たちはその目的のために呼びだされたのだ。敵である歴史修正主義者たちと戦うことが、己たちの存在意義だ。それに、己たちは人の形を模していたとしても、結局は刀なのだ。主がいて、その主がそうしたいと思うのならば、それに従うのが刀だろう。それを、疑うことはない。

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