発行物紹介

introduction

いずむつ

となりにきみがいるということ

部隊が離れ離れになり、違和感を抱えるいずむつのやきもち話。

イベント頒布価格300円

A5 / 40P / コピー

2016年1月10日発行

頒布終了しました

となりにきみがいるということ サンプル

SAMPLE

 ここ数日、和泉守はなんとも言えぬ違和感を抱えていた。初めてその違和感に気付いたのは数日前、それまで忙しかった様々なものが漸く落ち着き始めた日の、戦の開始時だった。遡行軍の姿を捉え、いつもと同じように戦を始めようとした時に、違和感が襲ってきた。次の日には戦の最中の喧騒が耳につき、その次は戦終わりに物足りなさのようなものを感じて、あとはその繰り返しだった。
 戦から戻れば消えるような些細な違和感でも、繰り返せば次第に大きな違和感へと変わっていく。今日はなぜかその違和感がずっと付きまとっていて、勝利をおさめて帰ってきたというのにもやもやとした気分が晴れなかった。
 はぁ、と裡に溜まっている澱んだ気分を吐き出すように吐いた息が、暖かい。寒さの厳しくなってきた縁側を、色のない庭を見ながら歩いていく。
 和泉守率いる部隊が本丸へと帰城したのは、つい先程のことだ。連戦で疲れてはいたものの検非違使を倒し、出陣していた時代に出現していた遡行軍も全て倒して戻ってきた。その報告をするために、審神者の部屋へ向かって冷たい板張りの床を歩く。足元から這い上がってくる冷たさに、ふるりと身を震わせた。
 あともう少しで審神者の部屋が見えてくる、というところで、前から軽い足音が聞こえてきた。とんとんと一定の間隔で廊下を踏む足音には、覚えがある。縁側の先、角を曲がったところから足音に続いて姿を現したのは、予想したとおりに陸奥守だった。
「よぉ、陸奥守」
 真剣な顔をして歩いていた陸奥守に声をかければ、はたと立ち止まって顔を上げる。二度ほど瞬きをして和泉守を見た陸奥守は、ぱっと笑顔を見せた。
「おお、和泉守! もんてきちょったがか。おかえり」
 お疲れさんじゃの、と笑顔で帰還を労られ、先程まで感じていたもやもやが薄れていく。現金なものだと思いながらも、好いているものに笑みを向けられたのだから気分が上向くのも当然だろう。
「おう、ただいま。今さっき帰ってきたばっかだ。お前はこれから出陣か?」
 本丸へと戻ってきた和泉守に対して陸奥守はこれから出陣するところのようで、本丸内ではつけることのない肩当てをつけ、左腰には自身の本体が、右側の太腿には銃が携えられていた。
「おん、そうじゃ。……けんど、おんしはまた、えらい男前なったの」
 陸奥守が着物の所々が裂け、傷だらけの和泉守の姿を見てからからと笑う。以前は揶揄されているようにも感じたその言葉だが、けして不快ではない声に和泉守は「まぁな」と頷いた。
「元がいいから、これくらいの傷じゃあオレのかっこよさは減らねえな。逆に箔が付く。傷は男の勲章っていうだろ」
「よぉ言う」
 笑って伸ばされた陸奥守の手が、頬に貼られた湿布の上を無遠慮に撫でた。湿布越しに温かな温度を感じたと思えば触れる指に力が込められ、敵の攻撃を食らって打撲した頬がじくりと痛む。思わず眉をしかめて睨めつければ、「男前に箔がついたんじゃろ?」と笑われた。
 大きな傷こそないが、和泉守は至る所に怪我をしていた。頬に貼られた湿布以外にも、着物の下にもいくつか手当を受けた場所がある。
 和泉守の部隊は勝利こそ収めてきたものの、遡行軍と検非違使の両軍を相手にしては流石に無傷とはいかず、程度の差こそあれ皆が怪我を負って帰ってきた。中傷を負った蛍丸と愛染が手入れ部屋で本体と共に手入れを受けており、他の部隊員もそれぞれ応急処置をして手入れ部屋が空くのを待っている。その間にと、和泉守は薬研に手当をしてもらって、今日の出陣の報告をするために主の部屋へ向っていたところだった。
 陸奥守は頬から手を離すとその分の距離を詰め、覗きこむように幾分か下から和泉守の顔を見上げる。傷を見ているのかと思ったがそうでもないようで、けれど検分するかのような視線に和泉守は僅かにたじろいだ。なんだ、と問う前に、陸奥守が口を開く。
「慣れん部隊長を任されてまいっちゅうかと思っちょったけんど、その様子だと大丈夫そうじゃの」
 どうやら顔色を伺っていたようだと気づいて、ならばそんなに近づかなくても判るだろうと、たじろいだことに対する原因を陸奥守に押し付けるように胸中で呟いた。
「あったりまえだろ。オレを見くびってもらっちゃあ困るぜ。実力を見込まれて部隊長を任されたんだ、その期待には応えねえとな」
 部隊を再編成したい。
 審神者がそう言い出したのは師走に入った、今月の初めのことだった。曰く、歴史修正主義者たちの新しい活動の情報は入ってきてはおらず、様々な問題も落ち着いて刀剣たちも増えてきた。だから、今後に備えて今のうちに色々と編成を試し、より効率と相性の良い部隊を作りたいという。練度によっての部隊編成ではなく、刀剣たちの能力を考慮した部隊を作り、色々な状況に対応できるようにしたいと説明されれば納得したようで、さして大きな不満は上がらなかった。元より主である審神者がそういうのならば刀剣たちに反論はなく、混乱することもなく部隊の再編成が行われた。
 その再編成の中で、和泉守は部隊長を任せることになったのだ。色々と思うところはあったものの、和泉守だからこそ、と言われれば悪い気はしない。そうして、新しい部隊となってから今日で約一週間が経つ。
「ほにほに。期待に応えるのが男っちゅうもんぜよ。……けんど、ちっくと残念じゃのぉ」
「はぁ? 何が残念なんだよ」
「おんしが泣きついてくるのを待っちょったがよ」

1 2