となりにきみがいるということ サンプル

SAMPLE

「そんなに気になるんなら言っちゃえば?」
「何をだよ」
「そいつは俺のだ!って。兼定のやきもちなんて今更だから」
 などと、加州が呑気なことを言っているが、そんなみっともないこと出来るかと切り捨てた。似たようなことを言ったことがあるが、短刀たちの目があるところで言うのは嫌だった。
 見つめる先で、鶴丸が何かに気づいたように距離を詰めて陸奥守へと手拭いを伸ばす。拭いきれていなかった血でも拭っているのか、陸奥守はそれを大人しく受けいれていて、和泉守はむっとする。
「でも、兼定がやきもちやいても、全然可愛くないよね」
 はぁ、とあからさまなため息を吐いて呆れたように呟いた加州にかちんときたが、反論しようと開いた口から言葉が出るよりも先に、加州が陸奥守と鶴丸に向って手を振った。
「おーい、陸奥守ー、鶴丸さーん」
「おい、清光!」
 加州のよく通るその声に気づいた二振りがこちらを見て、一拍の間を置いて鶴丸が手を振り返してくる。声をかけるつもりなど全く無かったというのに、余計なことをするなと言外に含めて声を荒らげるが、加州は慣れたもので、煩そうな顔で和泉守を一瞥した。
「はいはい、良いから行くよ」
 どうせそろそろ出陣なんだからと、抵抗する間もなく袖口を掴まれて陸奥守たちの側まで連れて行かれる。
「よぉ。君たちはこれから出陣かい?」
「そーだよ」
 笑顔で和泉守たちを迎えた鶴丸にばつの悪い思いがして、視線を僅かに逸らす。くつくつと笑う気配がしたが、一方的に感じる気まずさに視線を合わせることは出来なかった。
「出陣お疲れ様ー。って、うわ、ぼろぼろじゃん。結構派手にやられたね」
 驚いた加州の声に、和泉守は気になって陸奥守たちの様子を窺う。
 確かに近くでよく見れば、陸奥守も鶴丸もところどころ衣服が破れ、切り裂かれたような跡がある。陸奥守の衣服の破れの方が大きく、肩当ても少し欠けていた。鶴丸の真白な服は赤く染まり、そのせいだろうか血臭が辺りに漂っていた。戦場の臭いに、和泉守は鼻をひくつかせる。
 この程度の衣服の損傷は戦に出ていればよくあることだが、けれど陸奥守も鶴丸もこの本丸では和泉守と同じく最高練度を誇っていて、その二人がここまでぼろぼろになるほど追いつめられることは珍しい。現在行ける時代には元の部隊の時も何度も出陣していて、おかしな言い方ではあるが慣れた地であるはずなのに、何故こんなに怪我を負っているのだろうか。
「あんたたちがそんなにぼろぼろになるなんて珍しーじゃん。なに、そんなに強敵だったの? それとも三回連続で検非違使でも出た?」
 同じことを思ったらしい加州が不思議そうに小首を傾げながら尋ねれば、鶴丸が笑って応える。
「いや、これは少し油断をだな」
「油断?」
 鸚鵡返しに問いかけた加州に、つと鶴丸の視線が動く。つられてそちらを向けばその先にいた陸奥守が眉尻を下げ、どこか気まずそうな顔をした。
「酷いちや、鶴さん。それは言わん約束やったろう」
「俺は何も言ってないぜ? ただお前を見ただけだ」
「屁理屈じゃ屁理屈」
 二人の間でかわされただろう約束と二人の会話の調子に和泉守は嫉妬し、だからつい口をついて出た言葉も剣呑なものになってしまう。
「お前が油断なんて珍しいじゃねえか。オレにはいつも油断するなって言っておいて」
「ちっくと、の」
 体調が悪いわけではないだろう。少しでも具合が悪ければ、陸奥守は素直に隊の皆に報告をする方であるし、顔を見ても特に具合が悪そうな気配はない。ならば本当に油断をしたのだろうが、常に第一部隊の部隊長として戦ってきた陸奥守が、さしたる理由もなく油断をするとは思えない。
 何かあったのかと問うが、己に言うつもりはないとばかりにへらりとした笑みが返ってくるだけだ。心配をしているというのに言えないのかとむっとしながら陸奥守を見れば、もごもごと少しばかり言い淀んだ後、ぽつりと呟いた。
「……の、せいやき」
「……は?」
 今、なんと言ったのだろうか。聞き返すも、陸奥守はもう言うつもりもないと言わんばかりに口を閉じる。への字に結ばれた口は、拗ねているように見えた。
 おい、と更に問おうとしたところで、まぁまぁと、まるで陸奥守を庇うように鶴丸が間に入ってくる。それに苛立って、思わず睨め付けてしまった。
「あまり責めてやるな。これに関しては、君もあながち無関係ではないからな。というか、俺もひとつかんではいるが」
「はぁ?」
 楽しそうな鶴丸と苦笑する陸奥守を交互に見て、訳がわからないと眉をひそめる。二振りの間に漂う共有された秘密の空気に苛立ちが増していくのを感じていると、加州の驚いた声が上がった。
 
 

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