発行物紹介
introduction
いずむつ
宝箱
陸奥守は、最近頭を悩ませていた。それは、和泉守が贈り物をしてくること。
目的は陸奥守の持つ宝箱の中に自分の贈り物を入れてもらうことだが、陸奥守は和泉守の贈り物は箱には入れないと言って、貰ったものを日常で使用している。
そんな、陸奥守の宝箱の中に贈り物を入れてもらおうと頑張る和泉守の話。
宝箱に入れてもらいたい和泉守と、宝箱に入れない陸奥守の、それぞれの理由。
ただのほのぼの、軽いお話。
そして、CP・ジャンルが違う友達5名に、いずむつをかいてもらいました!!
イラスト、漫画、小説3本です。
たけのき小説部分39P、ゲストページ計32Pです。
イベント頒布価格800円
A5 / 84P
2016年7月3日発行
頒布終了しました
宝箱 サンプル
SAMPLE
陸奥守吉行には、最近一つ悩みがある。
否、悩みというほどのものではないかもしれない。けれど最近、一つ頭を悩ませていることがあった。
特に困ることでもなく害があるわけでもなく、けれど思わず苦笑してしまうようなそれが、今近づいてきている。その足音に気づいて、陸奥守は読んでいた本から顔を上げた。
遠くからでも判るどたどたと縁側を歩く音に、今日はなんだろうかと半ば呆れを、半ば期待を持って、足音の主を待つ。己の部屋に来るだろうということは、疑う間でもない。足音が大きくなったと思えば開け放った障子戸の向こうから顔を出したのは、予想に違わず和泉守兼定だった。
「よう」
「おんし、もうちっくと静かに歩けんがか」
「あ? いいだろ別に、昼間なんだし」
言いながら和泉守は、断りもせずに陸奥守の部屋へとあがりこんだ。今更のことなのでそれを咎めはせず、陸奥守は代わりにおかえりを告げる。陸奥守の記憶している予定が正しければ、和泉守は今しがた遠征から帰ってきたばかりのはずで、けれど「ただいま」と返事をした和泉守は遠征帰りだというのに疲れているようには見えない。それどころか、心なしか遠征に行く前よりも元気な気さえする。その理由に心当たりがある陸奥守は、さて今日はなにがでるかと、和泉守の行動を見守った。
和泉守は陸奥守の隣に腰を下ろすと、己が着物の袖口に手を突き入れて中から長方形の箱を取り出し、文机へと置く。見慣れた万屋の簡易的な包装が施された箱は、広げた手のひらより少し大きい。
「ほらよ、今日のは自信があるぜ」
「ほほう。おんしがそがぁに言うなら、期待してもえいのお。今日は何じゃあ」
「いいから開けてみろって。ぜってぇお前も気に入るからよ」
どこからくる自信なのか、自信満々な和泉守の笑みに促されて陸奥守は箱を手にとった。和泉守の視線は包装紙を剥がす陸奥守の手元に集中し、まるでこれが勝負事であるかのように固唾を飲んで見守っている。その様子にくつくつと笑うと、手が止まったことを咎めるように視線で催促され、包装紙を破り捨てて出てきた木箱を開けた。
「おお」
木箱の中に入っていたのは一本のペンだった。少し太く黒い艶のある軸に梅の蒔絵が施されていて、見るからに高そうだ。箱から取り出してじっくりと蒔絵を見た後に、きゅぽん、と音をたてて蓋を取る。
「ほう、筆ペンか」
一見すると万年筆のようにも見えたのだが、ペン先の形状は陸奥守もよく使う筆ペンだった。審神者の時代にあるという筆記用具は豊富で、陸奥守の元の主がよく使っていた筆よりも便利な物が多くある。その中でも陸奥守は筆ペンを好んで使っていた。
「どうだ、かっこいいだろ」
「おん、これはえいのお。さすが和泉守じゃ」
「だろ? 黒に蒔絵の梅ってのがいいだろ」
「それもえいけんど、使い勝手も良さそうじゃ。見てみぃ、筆先が三つあるぜよ。実用性と美の両立じゃな!」
「そうだろそうだろ、これなら箱に入れたく……」
ふふん、と胸を反らして自慢気だった和泉守が動きを止め、怪訝な顔をして陸奥守を見返した。
「実用性?」
おん、と首肯して、筆ペンの蓋を閉める。
「おんしが選んだがやき、実用性もあるじゃろ? ちょうど今使っちゅうペンが終わるところやったき、助かったぜよ!」
このペンは和泉守から陸奥守への贈り物だ。だから、使っているペンの出が悪くなってきたこのときに筆ペンの贈り物というのは、正直ありがたかった。
書き心地は試していないため判らない。おそらく用途に合わせて使い分けができるように筆先が三種類用意されているのだろうが、高くて便利だとしても使い勝手が悪いものもある。けれど、実用性と美の両立を公言している和泉守が選んだものなのだ、例え己にとって満点の書き心地でなくともそれなりに書きやすいだろう。
そう思って褒めたというのに、和泉守は露骨に顔をしかめた。
「お前、使う気じゃねえだろうな」
「当たり前じゃろ。ペンを使わずにどうするつもりじゃ。使うためのペンやき、使わんともったいないろう」
そのためにくれたのではないのかと言わんばかりに首を傾げれば、ますます顔をしかめていく。男前が台無しだと笑うと、うるせえと、眉間の皺を深くする。
「あー、ちくしょう! 今度こそはいけると思ったのに」
「はっはっはっ、残念じゃったなぁ」
ちくしょう、と吐き捨てる和泉守は、陸奥守の笑い声に口をとがらせた。その稚気のある表情に吹き出しそうになるのを堪えて和泉守の名を呼ぶと、ふてくされた顔がこちらを向く。
「んだよ」
「そう、ふてくされるなや。これ、助かったぜよ! ありがとう」
「ぐ、」
息を詰めた音を出して、和泉守が口を引き結んだ。うかがうように見てくる和泉守に、満面の笑みを浮かべて視線を合わせれば、うあー、だとか、うー、だとかの単語にすらならない言葉を発して、視線を彷徨わせる。内々で何か葛藤をしているのがありありと判る態度だ。それが収まったと思ったら、俯いてがりがりと後頭部をかきながら、はぁ、と盛大な溜息をつく。
「和泉?」
呼ぶ声につられて顔を上げた和泉守が、陸奥守を見て何か言いたげに口を開きかけて、止めた。
「あー、もう判った! そこまで言うなら、ちゃんと使えよ! このオレがお前にやったんだ、大事に使えよ!」
「やき、最初からちゃんと使うと言うちゅうろう。人から貰った物を粗末にしちゃあ、付喪神の名折れぜよ」
「んなことは今話してねえだろ」
はぁ、ともう一度ため息を吐くと、和泉守は勢い良く立ち上がる。突然の行動に顔を上げた陸奥守を見下ろして、その顔をやめろとだけ言うと、退室の挨拶もそこそこに部屋を出て行った。
「くそ、また失敗した」
北方向とか逆に去っていく和泉守が最後にぽつりと悔しそうに呟いた声が耳に届き、小さく苦笑する。どの顔じゃ、と聞くことも出来なかった。
「まっこと懲りんのぉ」
持ったままだった筆ペンをくるくると手の中で弄ぶ。こうして贈り物を貰うのは、もう何度目になるだろうか。陸奥守が最近頭を悩ませているのは、この、和泉守の贈り物についてだった。
「どういたもんかの」
呟きながら、今日の贈り物である筆ペンを見る。黒い艶のある軸は鈍く光を反射し、蒔絵で描かれた梅はけして華美ではないが落ち着いた存在感がある。陸奥守への贈り物として選んだには違いないだろうが、和泉守自身がこの意匠を気に入ったのだろうことは何となく判る。まるで和泉守のような外装だ。
貰ったからには使ってみたくなるのが性というもので、文机の引き出しの中から紙を一枚取り出して、また蓋を開けた。紙はどこにでもあるような普通の紙だったが、筆ペンは一度も引っかかることなく、さらさらとその上に文字を残していく。
「おお」
これはあたりだと嬉しくなって名前を書いたり模様を描いたりしていると、今度は軽い足音がこちらへ近づいてくることに気づいた。顔を上げると同時、ひょこりと先ほどと同じような角度で一人の刀が部屋を覗き込む。
「おお、堀川か。遠征お疲れさん」
「こんにちは陸奥守さん。今日は短時間の遠征だったのでそこまで疲れてないですよ」
顔を見せたのは堀川だった。筆ペンの蓋を閉めながらねぎらいの言葉をかける。彼もまた和泉守と同じ部隊で今まで遠征に出ていたはずだが、さほど疲れた様子もなかった。堀川はいつもの無邪気なような穏やかな笑みを浮かべて、開け放ったままの入り口からきょろりと部屋の中を見回した。
「兼さんってもう戻りました?」
「おん、ついさっき出てったぜよ」
「あれ? 来るまでに誰にも出会わなかったけど……どこに行ったんだろう」
どうやら堀川は和泉守を探しに来たらしい。和泉守が己の部屋に来たことは知っていたようで、ここにはいないと知ると今歩いて来たばかりの道を向く。その方向には和泉守の部屋があり、陸奥守の部屋から戻っていったのならばすれ違うはずだと、堀川が首を傾げた。
「和泉守なら、あっちに行ったぜよ」
「あっち? あっちになにか用事あったかな……」
和泉守が去って行った方を指差すと、そちらにある部屋のことを思い浮かべているのだろう、堀川が不思議そうな顔をする。確かに、和泉守が去って行った方向には、特に和泉守が行くような部屋もない。裏庭と、納戸と、幾人かの部屋があるだけだ。
「単に、すぐ部屋に戻るんが嫌じゃっただけがやないろうか」
「ああ、なるほど」
今日こそはと自信を持ってここに来たというのに結果は散々で、だからなんとなく来た道を戻るのが格好悪いとでも思ったのではないだろうか。憶測ではあるが、和泉守ならあり得ることだと思って言えば、堀川がちらりと陸奥守の手元を見て同意する。その様子に、堀川は全て判ってここに来たことが知れた。
「その筆ペン、ちゃんと受け取ってくれたんですね」
「わしにくれると言うなら、断る理由もないきに」
堀川は陸奥守が持つ筆ペンへと視線を落とし、その下にあった試し書きの紙を見つけると、にこりと笑う。
「でも、使うんですね」
「同じことを聞くにゃあ」
やはり元の主を同じくするもの同士だと言動や考え方が似てくるのだろうか。
「箱には、入れないんですか?」
「ペンを箱に入れたら使えんろう。ペンは使うためのもんじゃ」
先ほど和泉守に言ったことと似たようなことを言えば、そうですか?と堀川が笑顔のまま首を傾げる。
「万年筆は箱の中に入ってたって聞いたんですけど」
「ありゃあ審神者から貰ったもんやき」
にこにことした笑みを崩さない堀川に負けじと、陸奥守も笑みを返す。そうして張り合う理由もないのだが、ここで隙を見せれば、筆ペンや和泉守の贈り物についてなど、一気に畳み掛けて来そうな雰囲気があった。そうなれば分が悪いのはこちらだ。