発行物紹介

introduction

いずむつ

三色恋歌

付き合い始めてひと月。中々手を出してこない和泉守を、陸奥守は不思議に思っていた。
鶴丸にはいつもどおり過ぎて驚きがないと怒られ、薬研にもいつもどおりだなと言われた陸奥守だが、そんな中、演練で他本丸の陸奥守にアドバイスをもらう。

むっちゃんが兼さんに手を出してもらうために頑張ろうとして、っていう話です。
ほのぼの。

イベント頒布価格700円

A5 / 76P

2018年7月1日発行

かやさん(Pixiv)と侘助さん(Pixiv)との合同誌

頒布終了しました

三色恋歌 サンプル

SAMPLE

「変わらんのお」
 陸奥守は呟いて、己の膝を枕にして眠る和泉守を見た。
 休憩と称して連れてこられたのは畑に一番近い本丸の縁側で、途中で拾い上げて持ってきた茶を飲みながらだらだらといろんな事を話していた。そのうちに疲れたと言って勝手に人の膝を借りて横になった和泉守は、すやすやとよく眠っている。
 いつもと変わらぬ畑仕事をしただけで疲れたもなにもなく、それができる限り畑仕事をやらない時間を作りたいという言い訳であることには気がついていた。そろそろ休憩を終わりにして畑に戻らなければいけないと思うが、こうも気持ちよく眠っていると起こすには忍びない。完全に寝入ってしまっているので、起こすのにも苦労するだろう。
 眠る綺麗な顔を見ながら、陸奥守はもう一度小さく「変わらん」と呟いた。
 和泉守と付き合うようになってひと月。ひと月も経つというのに、和泉守との関係が縮まったように思えなかった。
 手は繋ぐ。二振りで出かけることもある。部屋に泊まることも、二振りきりで過ごすこともある。以前に見た審神者の時代の話であれば、十分に付き合っているといえるのかもしれない。けれど、陸奥守にはそうは思えなかった。
 なぜならそれらは、和泉守から告白される前にもやっていたことだ。何も変わったことはないと思うのも仕方がないだろう。一度だけ抱き寄せられたことがあるが、その一度きりで終わっている。そもそも宴会などで酔った時に肩に手を回したり後ろから覆いかぶさられたりもしたことがあるので、それだけで何が変わったというわけでもない。
 もちろん、あの頃とは心持ちが違うとは思う。友達としての関わり方と恋人としての関わり方。関係を表す言葉が違えば、同じような触れ方であってもそれらは似て非なるものだ。けれど、どうにもそれがはっきりとは判らなかった。
 短気な和泉守のことだ、すぐに距離を詰めてあれこれしてくるのだろうと思っていたのだが、一向にそんな気配はない。もうひと月も経つというのに、だ。陸奥守はそれを不思議に思っていた。
 そんな事を考えていると胸の中にもやりとした小さな感情が湧き上がってきて、穏やかに眠っている和泉守の鼻を摘んで起こしてやろうかという気になる。実際に手を伸ばしかけたところで、頭上から声がかかった。
「今日もあついなぁ、おふたりさん」
 顔を上げれば、白衣に身を包んだ薬研がいくつかの書籍を抱えながら立っていた。
「おお、薬研。これから書庫に行くがか?」
「ああ。そろそろ返してこいといち兄に言われてな」
 この本丸には、奥まった場所に書庫がある。小さいながらも様々な分野の本がある書庫は、一部のものたちがよく利用していた。その書庫は本丸の裏側にあり、陸奥守たちが座っている縁側を通らなければ行くことはできない。
「畑仕事は終わったのか?」
「休憩中じゃ」
「休憩にはちっと早い気がするが……、まぁ、なんとなくの予想はつく」
 言って、薬研は陸奥守の膝に頭を預けて眠っている和泉守へと視線を移す。二振りの会話にも和泉守は起きる気配はない。
「よく寝てるな」
「一昨日まで連戦だったき、疲れちゅうがやろ」
「さすがよく見てるな」
「そん時近侍じゃったからの」
 からかいをかわした陸奥守に薬研は笑って、それから歩を進めるわけでもなくまじまじと見つめられた。
「しかし、あまり変わらんな」
「ん?」
「ふたりは付き合ってるんだろう? だがこれじゃあ、いつもとさして変わらんと思ってな。何度か見たことのある光景だ」
 膝枕程度なら、付き合う前にも何度かしたことがある。大抵が宴会の時や今日のように内番の休憩中などに、眠くなった和泉守が勝手に己を枕にしていて、それを何振りかに目撃されたこともあった。
 今思えばその距離感もおかしなことだとは思うが、その当時はそんなことは気にせず、人の膝を枕にするなだとかをきゃいきゃい言い合っていた記憶がある。今はどうかといえば、こうしておとなしく枕になっていて、和泉守も勝手に膝に頭を乗せるのではなく許可をとるようになった。それは見た目的には判らない変化である。
「おんしもそう思うがか。それ、鶴丸にも言われたぜよ。そんな驚きはいらん!ちゅうて怒られたちや」
「鶴丸らしいな」
 あの時は和泉守と月見をしながら縁側で飲んでいて、眠くなった和泉守が膝で寝てしまった。酒が入った状態で寝るということはつまり深く眠り込んでしまうということで、案の定揺すっても叩いても起きない和泉守にどうしようかと思っていたところに、たまたま鶴丸が通りかかったのだ。そうしてつまらなさそうな顔をして、いつもと同じじゃないかと判りやすく落胆した。そこで何故か怒られたのである。
 理不尽ぜよ、とその時のことを思い出して口を尖らせれば、薬研が軽く声を出して笑う。
「まぁ気持ちは判る。付き合ったと聞いていた二振りが特に何事もなくいつもどおりなら、そりゃがっかりもするだろうさ」
「そういうもんかの」
「変わった物事に期待をするというのは、人なら誰しもあるものだ。特に鶴丸はそういうことに期待する方でもあるからな」
「そうじゃのお。さっきも言うちょったけんど、やっぱり、わしらはおんしから見て、そがぁに変わっちょらんように見えるがか?」
 尋ねれば、眼鏡の向こうでぱちりと一つ瞬きをしたあと、もう一度まじまじと見つめられる。
「そうだな、変わってないと思うぞ。喧嘩にしろ仲がいいにしろ、前々から陸奥守と和泉守が二振りでいるところはよく見てきたからな。乱あたりだったらまた違う感想だろうが、あいつはあいつでなんでもそちらに結びつけそうだ」
「おん、想像できるにゃあ」
「俺はそういった他人の関係には敏い方じゃないからな。関係性が表面化されてれば判るが、そうじゃない限りは判らん」
「ほうか」
 膝枕をする姿を見て変わらないと言った薬研だ、聞くまでもなかったが、他人から見た己たちの関係が少し気になったのだ。

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