三色恋歌 サンプル
SAMPLE
「和泉守が手を出してこん」
他本丸の陸奥守が固まった気配がした。しばしの間をおいてから、眉がひそめられる。
「それはこがなとこで話してえいもんじゃろうか」
「皆、聞いちょらんき大丈夫じゃろ」
演練に集う刀剣の数は多いものの、座った己たちの会話を盗み聞きできるような距離には誰もおらず、それぞれ思うままに過ごしているため、どんな会話をしようが誰にも聞かれる心配はない。
「まぁそれもそうじゃの。……で、和泉守が手を出さんのが不満がか?」
「不満ちゅうよりは、不思議でならん」
結局、一人で考えるのが嫌になったのだ。悩んだところで答えはでず、けれど誰かに相談したみたかった。だが個人的な問題であることと己と和泉守の仲のあけすけな話になるので、本丸の他の刀に聞いてもらうことはできなかった。そこに和泉守と恋仲である他本丸の陸奥守を見つけて、この己なら話を聞いてくれて相談に乗ってもらえるだろうと思い、話しかけたのである。
「おんしらは付き合ってどればぁ経つ?」
「んー……半年ってところじゃ」
「やることはやっちゅうがやろ?」
いつ和泉守と口吸いやまぐわいをしたかも聞きたかったが、流石にそこまで踏み込むのはいかがなものかと思って、当たり障りない表現に変えた。それでも一瞬だけ固まった陸奥守は、んん、と小さく咳払いをする。
「まぁ、付き合っちゅうき、それなりには、の」
「わしらは付き合ってまだひと月やけんど、その間一回も和泉守から手を出されたことがない」
「ひと月もか」
驚いたように聞いてくる陸奥守の反応は、どれに対しての驚きだろうか。ううむ、と他本丸の陸奥守は唸る。
「和泉守はちっくとへたれなところがあるき、ひと月手をださんこともあるかもしれんけど……ひと月か。あの和泉守がひと月もよぉ我慢しちゅうのぉ」
「我慢もなにも、そがなそぶりも全くしやぁせん」
口ぶりからして、この陸奥守と和泉守が口吸いかまぐわいをしたのは、付き合い始めてひと月も経たない頃だというのが判る。他の本丸では恋仲としての付き合いが出来ているようで、では何故こちらの和泉守は全く手を出してこないのか、更に疑問に思う。
「恥ずかしがったり赤面したり、急に慌てだしたりとかはないがか?」
「なんにもじゃ。付き合う前と、なんも変わらせん」
聞かれた和泉守の仕草はきっと、この陸奥守に対して和泉守がしてきたことだろう。けれどそんな仕草を陸奥守は見たことがない。いつもどおり笑って、いつもどおり軽く口喧嘩をして、いつもどおりの顔で隣りにいる。二振りきりになった時もそうなので、和泉守が我慢していると言われても懐疑的だった。
「口吸いすらしてこんのじゃ」
「それもまだかえ! そりゃあまっこと……」
口吸いはしているのと思ったのか、陸奥守が大げさに驚いてみせる。手を出してこないという言い方は、なるほどまぐわいだけに限定されてしまうのかもしれない。
「我慢強いのか、へたれが行き過ぎちゅうのか、まだしないと思うちょるか、それとも先を知らんのか。判らんのぉ」
「先を知らん、のはないじゃろうにゃあ。わしらは顕現した時に知識を植え付けられちょるし、付き合う前やけんどそがぁな話もしたこともある」
「じゃあなんで手を出さんのじゃろうなぁ。わしんとこはすぐに……ああ、いや、なんでもないぜよ」
不思議そうに首を傾げていた他本丸の陸奥守は、そのままの勢いで己が何を言おうとしていたのか気づいたらしく手を口に当てて顔を逸らし、待ったをかけるようにこちらへともう片方の手のひらを向ける。
「ほほう」
聞かないことにしても良かったがはっきりと聞こえてしまったそれにやはりそうかと感嘆を漏らせば、うぅと呻きが返る。別に同じ刀なのだから恥ずかしがることはないというのに、その耳は少し赤くなっていた。暫くしてから顔を上げた陸奥守は、ごほんと一つ咳払いをして気分を切り替えたようだ。
「……まぁ、そっちの和泉守の考えはここで考えちょっても判らん。けんど、それで、おまんはどうしたいんじゃ?」
「わしかえ?」
「和泉守が手を出してこんのは判った。おまんがそれに不満を持っちゅうがも。それで、それに対しておまんはどうしたいがか? 手を出してくるように仕向けるか、話し合うか、和泉守が手を出してくるまで待つか」
どうしたい、と問われてしばし考え込む。
手を出してこないことが不思議で、多少の不満もあって、それで誰かに聞いてほしいと思った。けれど、それを解消するために、己はどうしたいのか。それを考えたことがなかったことに気がつく。
「そりゃあ付き合っちゅうがやき、恋人らしいことをしたい、ち思うちょる。けんど、どうしたいがは考えたことなかったぜよ」
「ほいじゃあ、自分から行ってみればえい」